2017年2月12日 (日)

機関助士 佐倉一郎の思い出話 第12話

> みんな、綾瀬さんのことを思いながらも黙々と仕事を続けるのでした。
>
> 続く
すみません、2週間近く空けてしまいました。
中々構想がまとまらずというか、こうして書きながら思いつくままに書いていますので自分でもどこに着地するのかわからない状態です。苦笑
綾瀬さんの剣幕に押されてしまった佐倉君
事務所に戻ると、そろそろ点呼の時間です。
助役が佐倉君を呼び出します。
「佐倉さん、今日の乗務の浜田機関士と助役の大田助士です。」
佐倉君は、助役に紹介されるとぺこんと頭を下げて
「佐倉です、よろしくお願いします。」
再び、頭を下げると。
浜田機関士が話しかけます。
「佐倉君か、俺は浜田だ、よろしくな。」
ぶっきらぼうですが、昔ながらの親方と言う風情がしっくりくる感じでした。
大田機関助士は無口で何もしゃべりません。
実は、太田機関助士はどもる癖があって、ついつい無口になってしまうのでした。
再び、浜田機関士が佐倉君に話しかけます。
「佐倉君、いな、佐倉でいいよな。これからよろしくな、早く大田みたいに一人前の助士になれるように鍛えてやるからな。覚悟しとけよ。」
笑ながら、佐倉君肩をポンと叩くと。おい点呼の時間だ・・・。
いよいよ佐倉君の初乗務が始まります。
浜田機関士、大田機関助士が助役の前に並びます。
佐倉君はどこに行けばよいのかとウロウロしていると、助役が声を掛けます。
「佐倉さん、大田さんの横に並んでください。」
「はい」
慌てて小走りに走り寄り大田助士の横に並ぶ佐倉君
「それでは点呼を始めます、徐行区間等ダイヤの変更はありません。今日から佐倉機関助士が初めての乗務になりますのでよろしくお願いします。それでは乗務行路を確認します。・・・」
最後に「時計整斉 11:30」と言って浜田機関士は制服から懐中時計を取り出し、事務室内の電気時計の時刻と確認します。
最後に助役が「ご安全に」と声を掛けると、浜田機関士と、大田助士は敬礼、慌てて佐倉君も真似して敬礼するのですがどうも様になりません。
浜田機関士が茶化しながら、「佐倉。敬礼を上手にするのはまだまだ早いぞ。その前にビシビシ鍛えてやるからな。覚え悪かったラ張り倒すぞ。」笑いながら冗談とも本気ともつかない言われて少し焦ってしまうのでした。
実際には、口は悪いですが、浜田機関士はそんなことは一切なくて後に最も尊敬する機関士の一人になるのですがそれはもう少し先の話になります。
さて、いよいよ機関助士としての最初の一歩を踏み出した佐倉君、これからどんなことが待ち受けているのでしょうか。Img_5297

2017年1月29日 (日)

機関助士 佐倉一郎の思い出話 第11話

話が違う方向に行ってしまいましたが、そんなわけで混合列車も少なからず走っていたことから、佐倉君はC56で混合列車の助士を務めることとなったのですが、その辺のお話はまた来週以降にさせていただきます。

古巣の機関区に帰って来た佐倉君、機関助士としての最初をいよいよ繰り出すことになります。
佐倉君よりも先輩の庫内手もいました、彼らにしてみれば、後輩がさっさと庫内手から助士になってしまったのが憎くて仕方がありません。
しかし、それを言っても仕方ありませんから、遠くから見つめているだけでした、佐倉君にしてみればいよいよ、今までのような暑くて苦しい庫内作業から解放されたという安心感と、いよいよ機関車に乗れるという興奮とが一緒になって襲ってくるのでした。
初乗務の日は嬉しくて点呼の1時間も前から機関区に出勤してきた佐倉君でした。
Photo
それを目ざとく見つけたのは当直助役でした。
「佐倉くん。今日から乗務ですね。おめでとうございます。でも、まだ点呼まで1時間もありますよ。」
 「おはようございます、今日から乗務が嬉しくて・・・寮にいても落ち着かないので早めに来てしまいました。」
それを聞いてニコニコ顔の助役。
「佐倉くん、頑張ってくださいね、応援していますよ。」

そう言うと、事務室の方はすたすたと入っていくのでした。
やはり早く来ても、手持無沙汰な佐倉君、庫の方に足を向けるのでした。
先輩庫内手がロッド磨きや油を注しています。
それを見るともなく見つめていると、先輩庫内手のうち一番古参の庫内手が声を掛けます。
そう、綾瀬さんでした。
綾瀬さんは、佐倉君を見つけると、「佐倉、こんなところで何しているんだ。お前の職場はここじゃないぞ。」
わざときつく言って佐倉君を追い返そうとします。
 「こんにちは、綾瀬さん」
「おい。ここはお前の職場じゃないんだ、お前がいると邪魔なんだよ。帰れ。」
何時になく、きつくあたる綾瀬さんです。佐倉君には綾瀬さんに挨拶したかっただけに、ちょっと面食らってしまいます。
 「すみません、先輩にお礼が言いたくて・・・」
「はぁ?何言ってるんだ。俺はお前に礼を言われるようなこと何もしていないだろうが、仕事の邪魔するな、帰れ、帰れ・・・」
綾瀬さんは今にも襲い掛からんような剣幕でまくしたてます。
さすがにそれに驚いてしまった佐倉君、這う這うの体で退散するのでした。
でも、綾瀬さんの本心はどうだったのでしょうか。
実はとても嬉しかったのです。でも、敢えて辛く当たって佐倉君に早く機関助士の仕事に慣れてもらおうと思ってあんな態度を取ったのでした。
佐倉君の姿が見えなくなると、独り言のように。
良かったなぁ、佐倉。お前ならきっと立派な機関士になれる。親方にかわいがってもらって立派な機関士になれよ・・・。そうつぶやきつつ、目から暑い汗が出てくるのを抑えきれないのでした。
「くそ、今日は暑いな。汗が出て仕方がないで。」
周りに聞こえるように言うのでした。
周りの庫内手は何も言いません、もちろんそれが涙であることも、そして綾瀬さんが機関士を志望していたことも・・・みんな知っていますから。

みんな、綾瀬さんのことを思いながらも黙々と仕事を続けるのでした。

続く

2017年1月20日 (金)

機関助士 佐倉一郎の思い出話 第10話

みなさまこんにちは、10日近く空けてしまいましたが、しばしお付き合いくださいませ。

さて、長かったようで短かった学園生活ですが、機関助士の試験にも無事合格、修了証書をもらう手が震えます。

管理局は違えど、仲間が出来たことは佐倉君にとっても大変貴重な経験となるのでした。
最初の頃はやる気が無さそうに見えた小倉君が、途中からどんどんやる気を出してきたのにはちょっと驚くとともに、中だるみしていた自身の気持ちを奮い起こさせるのには十分でした。

最終日の終了式が終わると、それぞれ任地の機関区の戻っていきます。
佐倉君は、名残惜しそうに。

「小倉君、同じ釜の飯を食った仲だし、これからもよろしくね。」

  「ああ、佐倉君、僕も君と同室になれて本当に良かったと思っている、年賀状のやり取り位しか出来ないけれど、よろしく頼むね。」

気の置けない二人、互いに言葉には出さないものの一抹の寂しさはありました。

学園から駅までの道のり、二人で歩くのも最後だなぁと思いつつ、佐倉君は島根に帰るのでそのまま芸備線に、小倉君は広島機関区なのでそのまま区所に赴くと言っていました。

「小倉君、これからもよろしくね。」

  「佐倉君こそ、お互い一日も早く立派な機関士になろうな。」

と言ってがっちりと握手を交わす二人だったのです。

小倉君が所属していた広島機関区はかってはC59が屯していましたが、電化で追われることは判っていましたので、遠くない将来に機関助士から電気機関車助士さらには、機関士になることが予定されていました。

佐倉君の方は、まだまだ動力近代化は進んでいたとはいえ貨物列車を中心に一部混合列車に蒸気機関車が使われていました。

混合列車と言うのは、旅客列車に数両の貨車を連結した列車で、主にローカル線などで運用されていました。
貨車が機関車のすぐ後ろに付くと暖房管を通せないのでだるまストーブが用意される場合もありました。
他にも、準混合列車と呼ばれるものがあり、こちらは貨物列車のダイヤに客車を載せた場合と言う位置づけだったようですが、混合列車との差異が部内でもわかりずらかったことから。昭和30年代後半頃には準混合列車派種別自体が廃止になっています、

話が違う方向に行ってしまいましたが、そんなわけで混合列車も少なからず走っていたことから、佐倉君はC56で混合列車の助士を務めることとなったのですが、その辺のお話はまた来週以降にさせていただきます。
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2017年1月10日 (火)

機関助士 佐倉一郎の思い出話 第9話

10日ぶりに更新させていただこうと思います、中々更新できなくて申し訳ありません。

> ちょっと辟易としていた佐倉君でしたが、最近はむしろ小倉君の方が熱心で部屋に帰っても熱心に勉強する姿を見ると、佐倉君も負けていられないと少しばかり焦るのでした。

こうした教育訓練により、機関助士としての自覚が小倉君には芽生えたのでしょう、もちろん佐倉君もその辺は同じであり、今までどちらかと言うと斜に構えていた小倉君の方が熱心なだけについぞ比較してしまう佐倉君だったのです。

ある時は、訓練で発煙筒をたく訓練がありました。
今のように防護無線と言う便利なものはなく、列車防護は機関助士の大切な仕事の一つでした。

発煙筒をもって後方並びにからの列車の進入を停止させなくてはなりません。
千ポイの乗務員などからも話は聞いていましたが、この時初めて発煙筒と信号雷管を使用したのです。

話には聞いていても実際に使うのは初めてでありちょっと緊張します。
1
まず、最初に発煙筒をもって大きく円を描きながら走ります。
列車の非常制動距離は600mが最長と定められていますので、少なくとも列車最後尾から800m以上離れたところに発煙筒並びに信号雷管をセットするのでした。
2
信号雷管は、簡単に言えば線路に置く障害物で、車輪が踏むと爆発して大きな音を出すことで、列車に警告を与えるという代物でした。

この辺の雰囲気などは、ある機関助士に出てきますので、ご覧になった方も多いかと思います。

佐倉君と小倉君は偶然にも同じ班になったので、お互いライバル意識が働いたのでしょうか、変に競争してしまって。

小倉君が、僕の方がより後方防護は確実だったというし、佐倉君も負けずと、いや僕の方が信号雷管の取り付けは早かったし確実だった・・・と主張しあって互いに譲りません。

それを聞いていた、教官も苦笑いしながら。

「おい、佐倉機関区に小倉工場、そんな小さなことで競い合ってどうするんだ。お互い日本一の機関士になるとかそんな夢持たないか。」

指導教官が笑いながらいさめます。

思わず顔を見合わせて笑う、佐倉君と小倉君

「ごめん、小倉君。」

 「こちらこそ、ごめん、佐倉君。」

最後はお互い笑いあう二人でした。
それを見ていた教官も思わず貰い笑・・・。

「そうだ、二人とも立派な機関助士だ。早く一人前の機関士になって先輩たちに続いてくれよ。」

そう言って二人の肩を叩くのでした。

それから、数週間後、佐倉君たちは学園での生活を終え所属の機関区に帰っていくのでした。

いよいよ、機関助士としての実地訓練が始まるのでした。

続く

画像は、ある機関助士からキャプチャーしました。

2017年1月 1日 (日)

機関助士 佐倉一郎の思い出話 第8話

> 佐倉君は、綾瀬さんの姿が見えなくなるまで見送るのでした。
>
> 続く

もうしわけありません、1か月近く放置してしまいました。
さて、綾瀬さんは動態視力が弱くて機関士の道を諦めざるを得ませんでした。

幸い佐倉君ですが、機関区長から正式に鉄道学園への辞令をもらいいよいよ機関士への道を進み始めたのでした。
といっても、蒸気機関車の場合機関助士(カマ焚)からスタートです。もちろん、佐倉君も機関助士となるべく、広島の鉄道学園に入ることとなりました。
管理局ごとに学園があれば良いのですが、さすがにそれでは学園ばかり増えてしまうので、地方ごとに学園がまとめられていました。
他にも中央鉄道学園という組織があり、こちらでは大学課程の教育も行われていました。

佐倉君は、米子鉄道管理局の所属ですが、中国支社のある広島鉄道学園で学ぶことととなりました。

座学は正直眠さとの闘いでした。
中学卒業以来、机に向かって勉強するなんてことは無かったので、それでも憧れの鉄道員になっていよいよ機関助士の訓練に参加していると思うと、最初の頃は退屈で仕方がなかったのですが、だんだんと前向きに板書を写すだけでなく、教官の一言一言を聞き逃すまいとする自身がいることに気付いてびっくりしたのでした。

まさか、自分がこんなに勉強熱心だったなんて。苦笑

時々学校の宿舎に帰って一人になると思い出して苦笑するのでした。

授業は座学の他にも適性検査なども行われました、色覚検査はもちろんのこと、クレペリン検査、ツベルクリン反応、・・・。いえいえ、後のは冗談です。(^^♪

クレペリン検査・・・今でも使われているんですね。
他にも、動体視力を図るための検査でも行われたりしました。

教官からは、信号の見落とし=事故の繋がるということを何度も何度も色々な教官から聞かされます。
正直、耳にタコができるほどでした。

佐倉君が機関助士になったのはかなり後ですからATSも全国に整備されていましたが、指導教官が機関士になった頃はまだATSは整備されておらず、車内警報と呼ばれる装置が使われていました。
この車内警報装置は、信号が赤色の場合警報音を鳴らしますが、ブレーキがかかるわけではなく、時々ベルが鳴っているにも関わらず衝突なんてこともあったそうです。

ですから、教官が口を酸っぱくして信号の見落としは重大事故につながると何度も言うのでした。
それでも、昭和40年代でも信号見落としの事故は後を絶たず、ATSがあっても、ATSをわざわざ切って運転したり、ATSを確認後確認ボタンを押した後特段操作しないで追突なんてこともありました。

ATSと車内警報装置  http://blackcatk.exblog.jp/23402297/

佐倉君はもう一人広島機関区からやって来た小倉君と同室でした。
小倉君は下関の生まれだそうですが、広島機関区に親戚のおじさんがいたのでその親戚のおじさんのコネで入ったと言っていました。
どちらかというと、機関士には興味がなかったようで、いつも部屋に戻っては佐倉君に、毎日信号を確認しろ、確認しろ…ってうるさいなぁ。
そうぼやく小倉君でしたが、それでも少しづつ機関士の職責を理解してきたのか、小倉君自身の口からそうした言葉は聞かれなくなりました。

ちょっと辟易としていた佐倉君でしたが、最近はむしろ小倉君の方が熱心で部屋に帰っても熱心に勉強する姿を見ると、佐倉君も負けていられないと少しばかり焦るのでした。

さて、さて、お話はもう少し続きそうなので今日はこのくらいにさせていただきますね。
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2016年12月 9日 (金)

機関助士 佐倉一郎の思い出話 第7話

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>班長は、今度はお道化て
>  「頼むぜ、佐倉助役」
>笑いながら、肩を叩くお茶目な班長でした。

さてさて、10日も空けてしまいましたが、続きを書かせていただきましたのでよろしければお読みください。

早速、翌日から綾瀬さんに声を掛けてみるのですが、返事してくれるどころか、露骨に嫌がるそぶりを示す綾瀬さんに次第に佐倉君も話しかけなくなりました。

半分諦めかけた頃、助役から機関助士の試験を受けてみないかという話がありました。
佐倉君にしてみれば機関士になりたくて国鉄に入ったわけですから天にも昇る気持ちです。

その様子をたまたま見ていたのが、綾瀬さんでした。

珍しく、綾瀬さんから佐倉君に声を掛けます。
「佐倉。お前機関助士の試験受けるんか・・・」
ちょっと、ぶっきらぼうに話かける綾瀬さんです。

「はい、助役が受けてみないかと・・・」と、そこまで言いかけて気付いた佐倉君は、
「い、い、いえ、助役が受けろと煩いもので・・・。」

 「俺に気を使っているつもりなら、気にするな。俺だって機関士になりたかったけど、適性試験で落とされてしまったんだ。」

「機関士のりと言うのはな、乗客の命預かってんだ。」
「機関士が信号見落として、衝突しました・・・なんてことは絶対許されないんだよ。」
「だから、だから・・・・くそ、俺だって機関士になりたかったんだ、・・・。」
「佐倉、なるんだったら日本一の機関士になれよ、ならなかったら承知しないからな。」

そう言うと、いま来た方向に再び戻っていくのでした。
「綾瀬さん・・・・。」
佐倉君の横を通り過ぎるときにきらっと目に涙が光ったようでしたが・・・。

少し離れたところから、佐倉君の方を振り向かずに綾瀬さんが叫びます。
俺は泣いてなんかないんだぞ、これは汗なんだ。目に汗が入って涙に見えただけなんだからな。
それを聞いて、佐倉君は綾瀬さんの気持ちが痛いほどわかるのでした。
「綾瀬先輩、僕、いえ、俺、日本一の機関士になります。」

そう叫ぶのでした。
暫くしてから、綾瀬さん振り向きもせず、ああ、いいってことよ。
「頑張れよ、機関助士佐倉・・・。」

佐倉君は、綾瀬さんの姿が見えなくなるまで見送るのでした。

続く

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2016年11月29日 (火)

機関助士 佐倉一郎の思い出話 第6話

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> 班長が声を掛けます、慌てて上記の圧力計をのぞき込む佐倉君。
> 「班長12kg/です」
> やっと、長かったカマ掃除も終わり、空はすっかり朱くなり、冬の夕暮れが近いことを示していました。

すみません、Windoows10にしてからエディタが時々動かなくなってしまうというトラブルがありまして、今回も御多分に漏れず動かなくなってしまいまして、ほぼ全部出来上がっていたのに一から書き直しです。
思い切って7か8に戻そうかと思案中です。
困ったものです。

本来であればそろそろ、機関助士のお話をさせていただかないといけないのですが、ここまで来てもなお、庫内手のお話ばかりで飽きたと言われそうですが、もう少しだけお待ちくださいませ。
教派も佐倉君の庫内手時代のお話です。

庫内手の仕事は、カマ掃除だけではありませんでした。
そこれ以外にも、機関車の車軸にグリースを塗る仕事もあります。
動輪などに使うグリースは油壷に入れるようになっておりある程度の量をまとめて押し込むので楽なのですが、それ以外にも小さな油壷にもさらさらした潤滑油を補充していくのも大事なご仕事でした。
最初国鉄に入った頃は、明けても暮れても機関車のロッドやナンバープレートばかり掃除していた佐倉君ですが、最近はそうした仕事も任せられるようになっていたのです。
ひとつずつ丁寧に油壷を開けては油の残量を確認していきます。
特にグリースは少なかったたちまち問題となるため特に慎重になります。
他にも機関車によっては、軸箱守式と呼ばれる、車軸を油壷に浸した方式を採用しており、木綿の布で車軸に巻き付けて滑らかに車輪が回せるようになっていたのですが、油が切れてしまうと十分な潤滑が得られず最後は焼き付いてしまいます。
これを保守点検の職員は最大限の恥と思っていますので、特に慎重を要することとなります。
1

先輩職員の綾瀬さんが覗きに来ます。
 「佐倉、メタ焼け(メタル焼け)だけは気を付けろよ、俺たちの恥だからなぁ。」
この道25年のベテランの綾瀬さんが声を掛けます。
綾瀬は機関士志望だったのですが、動体視力が弱かったため運転士にはなれなかったのです、後輩がどんどん機関士になっていくのを見て忸怩たる思いを持っていたのですが、最近はそれよりも、機関車を完全に整備していくことに生きがいを見つけたようで積極的に独自の治具を作っては後輩に使わせて使い勝手などを聞いてさらに改良すると言ったことに熱心なようです。
そんな綾瀬ですので、佐倉君の仕事が気になって仕方がないようです。
「佐倉、軸箱開けた時に木綿の撚り芯が乱雑になっていないかよく見ておけ。」
「メタ焼けを起こすのは、大概撚り芯がいい加減に巻き付けられている場合が多いんだ。逆に、綺麗に巻いてある撚り芯は殆どメタ焼け起こしていないからな。」
「もし、汚い撚り芯が有ったら俺に言ってこい。やり方教えてやるからな」
一気に綾瀬は言うと、くるりと身を翻して歩き始めるのでした。
 「ありがとうございます。」
帽子を取って深々と頭を下げる佐倉君
ちらっと、後ろを振り返った綾瀬は、すぐに向き直ると佐倉君の顔を見ないで、
「おお、頑張れよ・・・・。」
そう言って大股に歩いていくのでした。
綾瀬は佐倉君のこと嫌いなのでしょうか・・・、いえいえ、むしろ佐倉君を年の離れた友達とさえ思っているのです。
ただ、人づきあいが苦手なのでこうしてついついぶっきらぼうにかつ、相手の顔を見ないでと言う行動に出てしまうのでした。
佐倉君も、ちょっと寂しそうです。
「先輩は僕のこと嫌いなんだろうか・・・」

そして、黙々と軸箱を開けてみたのです。
そこに展開してあるのはとてもきれいに車軸に巻かれた撚り線でした、もちろん綾瀬が仕上げたものですからとてもきれいです。
佐倉君は少しばかり油受けに油を補充して再び軸箱を閉じるのでした。

仕事が終わり、雑談中に佐倉君が班長に聞いてみます。
「班長、綾瀬さんってとても近づきがたい人なんですけど・・・。」
  「うん、綾瀬のことか?」
「そうです、今日話しかけてくれたんですけど、僕のこと嫌いなのかプイと振り向いて行ってしまったんです。」

苦笑しながら班長が佐倉君に言います。
  「佐倉、綾瀬はなぁ人づきあいが苦手なんだ。根は良い奴なんだけど口下手でなぁ。」
  「お前から積極的に話してやればそのうち喋り出すだろうよ。」
佐倉君は、そうだったのかと思いつつ。日頃思っている疑問などを聞いてみることにしたのでした。
「班長、ありがとうございます。」

班長は今度はお道化て
  「頼むぜ、佐倉助役」
笑ながら、肩を叩くお茶目な班長でした。

続く

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2016年11月21日 (月)

機関助士 佐倉一郎の思い出話 第5話

> まぁ、仕方ないかと圧力計と睨めっこの佐倉君でした。
> でも、待っている時間は長いものです。
> 少し機関車の中でウトウトしてしまった佐倉君、そこで見た夢は?
>
> また次回のお楽しみといたしましょう。

「佐倉、佐倉、大丈夫か。煙にやられたか・・・」
「少し休んでおけ」

その声に目が覚めると、憧れの成田機関士が心配そうに見つめています。

はっと気が付くと、佐倉君は走行中の機関車の中でした。

「成田さん」・・・。

成田さんは、機関区の中では運転技量抜群の機関士で、お召列車の運転もしたことがある老練の運転士で、直接成田機関士から蒸気機関車の指導を受けた機関士は少なくはありませんでしたし。

機関士仲間では、成田機関士を親方にもつ、弟子の機関士たちも一目置かれる存在でした。
それだけに、憧れの成田機関士が乗務している機関車に乗っているのが不思議で仕方がなかったのです。

あれ、俺・・・、きょろきょろと見回していると、成田機関士から声が聞こえます。

「おい、だいじょうぶか、急にぶっ倒れるから心配したぞ。」
「鉄分少ないんじゃないか・・・。」

「その辺の鉄粉でも舐めておくか。」

冗談交じりに成田機関士が話しかけます。
成田機関士は、運転の神様として機関区では知らない人はいないほど有名でした。その反面、指導は厳しくて鬼の成田と恐れられていました。
それだけに、ちょっとした冗談すらもむしろ意外に感じられるのでした。

暫くすると、ちょっとよろけながらも立ち上がることが出来たの佐倉君

「すみません、・・・」

成田機関士は特段何も言いません。
ただ、前を見つめているだけです、機関車は約60㎞/hを指しています。

成田君が、投炭を開始しようとすると、
「まぁまて。これから連続勾配だから無駄に蒸気を上げる必要はない。座れ。」

走行中に座る助手席は乗り心地は決して良くはない。
突き上げるような衝撃がお尻を通じて伝わってきます。

佐倉、ここから先はしばらく長い下り勾配が続く、よく見ておけ。
成田機関士は、厳しい反面、自分の技量には絶対の自信を持っていましたので、積極的にその技量を若い助士たちに見せるのでした。

下手な機関士は、ブレーキをかけたり緩めたりして速度を調整することもあるようだが、それをするとどうしても乗り心地が悪くなってしまう。
だから、こうするんだ。

成田機関士はブレーキ弁を2回か3回程度動かして利きを確かめると、今日はこの程度で良いだろう。
といって、ブレーキ弁を任意の位置に固定するのでした。

蒸気の圧力は16㎏を少し下がったところで止まっていますが、投炭していませんので徐々にですが下がってきます。

「成田さん、投炭しなくて良いのですか。」

佐倉君が恐る恐る尋ねます。

「心配いらん、ここは3㎞程下り勾配が続く」

成田機関士は、蒸気機関車の自動弁と単弁を巧みに操作しながら速度を調整しています。
見事に速度は、40km/hから動きません。

日頃は無口な成田機関士が珍しく雄弁に話します。
「自動弁で軽くブレーキを当てて、速度の微調整は単弁(機関車本体のブレーキ)で微調整しているんだ。こうすれば、常に一定の速度以上にならないので、安定してヤマを下れるからな。」

「下手な機関士は、ここ自動ブレーキをかけたり緩めたりするからな。時々タイヤ過熱させてなんていうへたっぴ機関士も多いんだ。」

いつもになく、自分が知らない成田機関士がそこに居ました。
成田機関士の一挙手一投足に尊敬にまなざしでみつめる佐倉君

10分ほどの勾配区間は、神業ともいえるブレーキさばきで下って行きます。
それでは、「また助手席に戻ります」

そう言いかけて、一歩踏み出そうとしたとき・・・

助手席から転げ落ちた佐倉君が居ました。

「こら、佐倉寝るんじゃないぞ。」

班長がキャブの後ろ側から顔をのぞかせます。

「けがは無さそうだな。」

はっと、我に返る佐倉君

 「あれ、成田機関士は・・・」

何寝ぼけているんだ、成田機関士は今日は公休だぞ。
「カマはどうだ?」

班長が声を掛けます、慌てて上記の圧力計をのぞき込む佐倉君。

「班長12kg/です」

やっと、長かったカマ掃除も終わり、空はすっかり朱くなり、冬の夕暮れが近いことを示していました。

続く

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2016年11月13日 (日)

機関助士 佐倉一郎の思い出話 第4話

みなさま、おはようございます。
2週間近く空けてしまいました、申し訳ありません。
よろしければ、お読みください。

> でも、これで終わりではなかったのです。
> さらに、火入れの作業が残っているのですが、この辺のお話はまた次回にさせていただきます。

がらを一通り掻き出して、ホッと一息。
機関区の構内にある時計を見ると時計は12:50を指しています。
当時の国鉄では駅構内や機関区などの設置されている時計は電気時計と呼ばれ、電力区で一括して管理されていました。
佐倉君の腹時計はすでに、お昼のピークを越えて15:00頃を示しているのですが・・・。

一先ず、佐倉君は休憩をとることにしました。
佐倉君は、独身で寮住まいですが、賄さんが居るわけではないので、一応自炊しているのでした。

お弁当も自分で・・・といっても、梅干し入りのおにぎり二つとたくあんと言う簡単なものでしたが。

詰所に戻ると、数人の人が遅い休憩を取っていますが、その殆どはすでに仕事についています。
ふいに、別班の年配の班長が声を掛けます。
「佐倉助役、今から休憩か?」
「食べる前に髭だけ剃っておけよ。」

笑いながら、班長が話しかけます。
そう言われて、ちょっと赤くなる佐倉君、

髭だけ・・・慌てて近くにある鏡を覗いて見ますと、見事にまだ煤が顔に
最初の釜掃除の後顔も洗ったのですが、どうも洗いきれずに余計に広がってしまったようでした。

慌てて、洗面所に走る佐倉君、それを見ながら、「頑張れよ、大変だけどな。」と呟く班長でした。

やがて、すっかり煤汚れが取れた佐倉君ですが、戻ってくる頃には既に班長は持ち場に戻っていました。

詰所にある薬缶から茶を注ぎ、やっと遅い昼食にありつけた佐倉君。
急いで食べなくともいいのに、癖なんでしょうか。

早飯の癖がついているのでついつい早く食べてしまいます。
本来であれば、休憩をもう少ししても良いのですが、釜の火入れが気になって仕方がないので佐倉君、早めに取り掛かることにしました。

今日は、C56形機関車なので、比較的楽ですが、D51のような大型機関車だと泣かされるからです。

火入れの手順ですが、これは最初の頃に先輩に教えてもらった方法をそのまま踏襲しています。

まず最初に小さく切った古枕木を何本か入れて床に敷きます。
これは最終的に燃えてしまうので丁度良いのですが、結構重い。

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D51蒸気機関車  火入れ YOutubeから引用

それをまばらに敷き詰めてから、枯れた松葉を入れることもありました。
そこに新聞紙、もしくは整備で使ったぼろきれ等に点火して釜の中に放り込むんですね。
1回で火が燃え上がるときもあるのですが、そうでないときは何回かやり直す必要があったりします。

最初は小さな火ですが、やがて下に敷いた古枕木などに移って少しづつ火が大きくなってくると初めて石炭を投入することが出来ます。

急ぐあまり、火が小さいうちに石炭を入れると下からの空気が入ってこなくなって消えてしまいます。
そうなると、また点火作業から行わなくてはなりませんから一番慎重になってしまいます。

最初は小さな炎でしたが、しばらくすると本格的に下に敷いた枕木にも点火したようで大きな火となってきました。

佐倉君、ちょっとホッとして、少しづつ石炭をテンダからスコップ(ショベル)で掬ってボイラーに投げ込みます。
C56は基本片手ショベル(スコップ)と呼ばれる比較的小さなタイプを使っています。
これは、片手で焚口の鎖を開き、もう片方の手で石炭を投入する必要があったからです。

今回は、焚口は鎖で固定してあるので左手が手持無沙汰ですが、それでも自分が機関助士になったつもりで、片手でスコップを持ってと思うのですが、これが意外と重い。
最初の1・2杯は格好つけて片手ショベル(スコップ)だったのですが。
やがて、両手で・・・。

そうして、徐々に火は大きくなり、火が消える心配はなくなりました。
でも、蒸気機関車の圧力計は未だ0を指したままです。

C56形蒸気機関車の常用圧力は14.0 kg/cm2なので、そこまで圧力が上がらないと使えないのです。

まぁ、仕方ないかと圧力計と睨めっこの佐倉君でした。
でも、待っている時間は長いものです。
少し機関車の中でウトウトしてしまった佐倉君、そこで見た夢は?

また次回のお楽しみといたしましょう。

https://www.youtube.com/watch?v=O0pjuqU00BQ

2016年11月 1日 (火)

機関助士 佐倉一郎の思い出話 第3話

> 煤を出来るだけ煙室側に送るためなのです。
> こうして、順番に押し込んでいくのでした。
> 1本、1本・・・
>
> 100本近くある過熱管を1本1本丁寧にそ掃除するのですが、10分もすると汗が噴き出してくるのがわかるのでした。
>
この仕事は、新人の仕事とはいえ、正直辛いものです。
何といっても、釜の中は暑い上に狭く炭塵が舞っています。
もちろん防塵マスクで完全装備しても、掃除が終わると顔はやはり煤が忍び込んでいます。

今日は比較的小さなC56ですから煙管の本数も少ないので作業は比較的短時間で済みました。
でも、これがD51になると本数も多く、かつ長いのでその手間はC56の比ではありませんでした。
ただ、煙管掃除は、こうして圧搾空気で煙管の煤を払って終わりではありません。

この後、煙管の煤は前の煙室に溜まった煤を捨てる作業があるのです。

一通りの作業が終わった、佐倉君。逆流してきた煤の影響もあって真っ黒の塊のようです。
焚口のドアから顔を出して来る様は何とも異様です。

「暑ーい・・・。」
マスクを取って開口一番。佐倉君は叫びます。
完全装備したはずですが、口の周りを黒い髭のように煤がこびりついています。

それを見た先輩の浜口が笑います。

「佐倉。何時から髭伸ばしたんだ、朝は髭なんかなかったのに。」

と揶揄います。

 「せ、先輩、それは無いですよ。」

「いやぁ、すまんすまん、大変だなぁと思ってな、お前も早く後輩出来たら解放されるのになぁ。」

浜田君も、佐倉君がやってくるまでは一番若手の庫内手として2年程、佐倉君がしている仕事をしていたのでした。

時計は11:30を指しています。
佐倉君は、首に巻いたタオルなどを外して、少しでも涼もうとしています。

約15分くらいでしょうか、火室専用の装備を解いて身軽になった佐倉君、今度は機関車の前に回り、おもむろに機関車の煙室ハンドルを回し始めました。

煙室扉を開けると煤が舞い上がります。
少し咳き込む佐倉君でした。

煙室の床には、黒いじゅうたんがひかれたようにも見えます。

サクッ、佐倉君がスコップを黒いじゅうたんへ。
両手でスコップをもって、そのまま煙室の外のピットに投げ出します。
1杯、2杯・・・19杯、20杯・・・・一杯足りない。
というのは冗談で。
何回かに分けて掻き出すのでした。

そうして、すっかり煙管掃除が終わって、やっと遅い昼食にありつける佐倉君でした。

でも、これで終わりではなかったのです。
さらに、火入れの作業が残っているのですが、この辺のお話はまた次回にさせていただきます。
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