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2014年12月30日 (火)

国鉄魂

昔のブログのアーカイブを探していたらこんな記事を見つけました。
大山車掌の記事なのですが、当時は何故大山車掌の名前が出てこなかったのか今となっては不明です。

須磨駅構内には、慰霊碑があります。
62a2

碑文には

碑  文
(碑右側)

表彰状 大山健一殿

あなたは昭和五十年十二月二十七日第二六七C電車の車掌として乗務し、山陽本線須磨駅において通過列車を待避中ホームから通過線路上に転落する乗客を発見するや身の危険を顧みず敢然と身を擁してその救出に全力を尽くしたが及ばず折から進入してきた電車に触れ殉職されました。この強い責任感と勇敢な行為は他の模範として顕彰すべきものと認めここに鉄道顕功賞を授与して表彰します。

昭和五十年十二月二十七日 日本国有鉄道総裁 藤井松太郎

碑  文
(碑左側)    

花時計賞 大山健一殿

善行 人命救助

花時計の花のように人々の心に明るさとやすらぎを与え、住みよい神戸をつくる為に寄与されたあなたの善行をたたえこの賞を贈ります。

昭和51年1月25日 神戸市長 宮崎辰雄

が記されております。

以下、とうじの blogから。

今から30年近く前になりますが、ホームから転落した乗客を救おうとして自ら犠牲になった若い国鉄職員の方がおられました。

東海道本線の大阪以西の駅ですが、記述が漏れています。現在調査中ですが、その方は、新快速退避のため停車した駅ホームで、新快速通過ホームに人が転落するのを発見、咄嗟に飛び降りて、乗客に覆い被さるようにしたのであったが、哀れ最後部の車両と接触し、死亡された。
 27歳の若さだったそうです。

当時は、国鉄では当局と鉄労を除く組合の対立が厳しく、またそのモラルが新聞に叩かれるなどしたときにあって、これほど国鉄魂に燃えた職員がいた事を忘れないで欲しいと思います。

 最近は、効率化ばかり言われて、肝心の部分が抜けているような気がします。
 JRだけではなく、某公社も・・・

注:最後尾と書いていますが、3・4両目と言う記述が正しいようです。
父親も国鉄職員だったとかで、キャリアでは有りませんが非常に職務に熱心な方であったそうです。

よろしければこちらもご覧ください。 鉄路に散った青春

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