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2015年1月24日 (土)

急行列車の思い出

  急行列車、と言う名称は最近の流行の表現をすれば、「絶滅危惧種」になるらしい。
  なるほど、昔は優等列車と言えば「急行」であり、「特急」と言うのは文字通り「特別な急行」であった、 「特急」に乗るときは、服を洗濯し綺麗な一張羅を着ていかないと乗れない、そんな雰囲気があった.。
 これは1等車(現在のグリーン車)も同様で、乗車するにはそれなりの服装と、風格が要求された、そんな列車であった。
 だから、当時の急行は今の急行と比べるととても設備は整っていた。
 急行=庶民の特急、特急=特権階級の特急。
 そんな位置付けが昭和30年代から40年初め頃までは有ったものだ。
 東海道線を走った、「つばめ」・「はと」などに連結された展望車そしてその流れを汲む「パーラーカー」は庶民が到底手の出ないほどの金額を請求されたらしい。
  昭和40年に時刻表を見ると、東京~大阪間の運賃が1180円それに特急だと800円が加算され、1等車だと1等運賃2170円、それに特急料金1760円、さらにパーラーカー料金が1650円別にかかるわけで東京から大阪に行くときに1等車でパーラーカーに乗ると5580円かかる計算になる。
 ちなみに街中で飲む喫茶店のコーヒーが50円程度の時代ですから、現在の物価が当時の8倍と仮定しても、44000円かかる計算になる。
 東京と大阪を往復するだけで10万近くの金が要るというのは考えてみると・・・  やはり、庶民にとっては特別な列車であったことがおわかりいただけると思う。
  そんな中、急行列車は同じ区間を2等であれば1480円、同じレートで計算すれば約11200円となる。
 参考までに、当時の新幹線料金は以下のとおりである。
 いずれも、東京~新大阪の場合
2等、こだま利用の場合 2280円
1等、こだま利用の場合 4590円
2等 ひかり利用の場合 2480円
1等 ひかり利用の場合 5060円

いかに今鉄道が利用しやすくなったかわかると言うものですImg769b

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