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2015年1月25日 (日)

国鉄民営化に思うこと。

この記事は、今から10年前の2005-04-01日書かれた記事です。
当時の思い出にしばし浸っていただければと思います。

  今日は、JRが誕生して満18年となる、本当は昨日コメントを書きたかったのであるが、ばたばたしているうちに時間だけが経過し、今になってしまった。
  18年前の今日、まず何が変わったと言えば、車体に貼り付けられたJRマークであろう。
それ以外は何も変わっていない、運賃が改訂されたわけでなく、制服が変わったわけでもない。
  国鉄(JNR)という組織が消滅し、JRというなんとも奇妙な会社が誕生したことだけは間違いない。
2000pxjr_logo_jrgroupsvg
  しかし、車体に描かれた、実際は貼り付けれたJRマークを見たとき、国鉄と言う組織はなくなってしまったことを改めて実感として感じたものであった。
 当初、JRマークは白、若しくはグレー、黒などのモノトーンで行くということが決められていたそうで、これは将来はJR各社が再び統合するのを前提としているからといった意見もまことしやかに聞かれたが詳細は私も勉強不足でわからない。
 ただし、九州旅客鉄道だけが、当初からその申し合わせを反故にして独自の白い縁取りをもつ赤色JRマークを作ったのは有名な話。
 その後は、各社が独自にJRカラーのマークを貼るにつけ当初の再統合の話しなどはどこかに消えてしまった。
 国鉄最後の日である3月31日を思い出してみれば、これまたお祭り騒ぎとなっていた、「謝恩切符」が発売され、民族大移動ならぬ鉄道大移動がおこり、東京駅ではJR各社に向けての記念列車(旅立ちJR号)が運転されていた。
 そして、鉄道発祥の地「汐留」ではイベントが開催されテレビ局各局は一斉にその模様を報道していた。
 まるで大晦日のような賑わい。あくまでこれは虚の賑わいであるのだが。
 そんな中で、国鉄を退職した人も多数いた、また将来を悲観し、自らの命を絶った人も前年から多数いた、志半ばで国鉄から他の職場に転職した人もまたしかり、多くの犠牲を伴いながら国鉄はJRにと衣替えをした。
 4月1日になると、何時も思い出す。
 3月31日、黙々と仕事についていた人たちのことを、華やかな部分の影で黙々と働いた人々。
 もっとそんな人たちの働きに、拍手を送ってあげてください。
  決して目立つことではない、でもそんな毎日の公から民への変換の瞬間にもただ忠実に仕事を続けた素晴らしい人たちがいたことを忘れないで欲しい。

  もっと軽い感じで書きたかったのですが、つい感情が移入してしまいました。m(__)m

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