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2015年1月28日 (水)

修学旅行電車

 修学旅行が、新幹線に代わっていったのは昭和45年以降らしい。
 それまでは、「修学旅行電車」というのがあって、それが東海道線を中心に走っていたらしいんですけど、修学旅行電車が出来るまでは、引率の先生の苦労は絶えなかったようです。
  元々修学旅行には専用列車というのがなくて、古い客車の寄せ集めで走っていたらしいので、当然走行中はドアは開けっ放し。
 旅なれた大人でもデッキで涼んでいて転落事故・・・なんてこともあって。
 小説家で一人夜行列車から転落して死亡したなんていう記事を見たことありますし、私も実はデッキで涼んでいてうたた寝で転落しかけたというか、足が動いてはっと目がさめたという際どい例もあるのでこの危なさはよく判るんですね。
 まして、中学生の集団で、夜行列車となれば寝れない腕白坊主がデッキからぶら下がったりして怪我をしたり最悪死亡事故を起こさなかったとは誰が言えるでしょう。
 現在、当時の新聞記事などを中心に資料を集めているのでいずれそう言ったことも判ってくるとは思いますが何分、一人でそれも仕事の合間にしているわけですから中々進みません。
 むしろ後退しているかも知れません。泣
 修学旅行電車が出来てからは、その苦労も大幅に軽減されたそうですが、新幹線が増発され特に日本万国博覧会以降は、一般庶民でも新幹線が気楽に使える列車となってくるとその利用は加速され、新幹線での修学旅行を求める声が出てきました。

 そこで、「全国修学旅行研究会」が中心となって、文部省や運輸省に働きかけて国鉄が特急運賃の中学生5割引、高校生2割引の条件で合意しました。
 ただ、ここで考えておかなければならないのは、国鉄が教育の一環として本来であれば文部省からその差額を貰うべき特急運賃を国鉄の負担で行ったということに注目しておいて下さい。
Img_6004  当時、国鉄は復興から立ち直り、積み上げてきた貯金をも食い潰しており、本来であれば差額相当分は文部省からの交付金で賄うべきはずだったのですがそれを貰わなかったのです、何ともお人よしというか、鷹揚と言うか、そんなところにも国鉄の赤字を拡大させた原因があるかもしれません。

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