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2015年2月 7日 (土)

さようなら日本国有鉄道

以前私が書いた創作小説風?書物です。
まぁ、笑ってやってくださいませ。

時々リハビリのつもりで、こんな駄文も書いています。

Ef58_ginga

賢治は、一人駅に立っていた。
テレビでは、国鉄最終日を何かのイベントのごとく祭り上げている。
それも1局。2局ではない、殆どの局がわれ先にと放映している、東京では、東京及び上野駅から6旅客鉄道向けに臨時列車が次々旅立ち、謝恩切符を持った人々が全国を飛び回っていた頃だ。
賢治は何時もは、カメラが趣味で。カメラの機材もプロ顔負けの機材を揃えていた。
ただし、実力の方が伴っていたか否かは判らないが・・・

今日は賢治はカメラを持ってこなかった。というよりも「心のフィルムに記録したい」
そんなきざな気持ちが彼をそうさせたのだと自分に言い聞かせていた。
実際、前日までカメラ。そしてフィルム購入して準備万端だったというのに。
彼は、急にカメラを持たずに駅のホームにたたずむ事にした、何ゆえと聞かれても答えは出ないかもしれない。ただ、朝から執拗に流される国鉄最終日のニュースなどが彼には耐え切れなかったのかもしれない。

駅では、何故か時刻表が調整中となっていることを除けば列車は何時もと変わらぬように到着し、そして出発していく。
 特急電車も、普通電車も昨日と変わらない今日が有った、しかし、今日は特別だ。
 明日から日本には国有鉄道がなくなってしまう。国が経営する鉄道が消えてしまう・・・そんな不思議な感覚に寧悩まされながら賢治は駅のホームに佇んでいた。

後1時間、駅には国鉄の列車としては最終の列車が到着する、・・・・
そう思うと今まで押さえていた感情が一気に膨れ上がってきた、俺も明日から一人か。

そう、賢治は3月31日付で30年以上勤務した国鉄を退職することになったのだ。
思い起こせば昭和28年、庫内手として機関区に採用されて以来ずっと検査畑で頑張ってきた。機関士のような華やかな生活は望むべくは無かったけれど、幸い妻と子供に恵まれ貧しいながらも楽しい家族であった。
 2人の娘のうち、一人は既に嫁ぎ、下の娘も先日結婚したばかり。
 賢治は、そんなことを考えながら、国鉄最後の列車が来るのを一人待っているのであった。もちろん心のシャッターを何枚も何枚も切りながら。

 やがて、国鉄最後の列車が駅にやってきた、賢治は目頭から熱いものが溢れるのを抑えることが出来なかった、それほど彼の心のシャッターは熱い心で満たされていたからであろう。
 「近いうちに、妻を連れて旅にでも出ようかな、新たな2人の旅立ちを祝って。」
 心の中で呟く賢治がいたのだった。

この物語はフィクションです。

 

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