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2015年3月29日 (日)

餘部橋梁物語 僕らの町に汽車がやって来た 第15話

みなさまこんばんは、昨日は鉄道博物館イベントとして約13名の多くに集まっていただき盛況のうちに終わることが出来ました。
皆様に助けていただき本当に楽しい時間を過ごせたと思っています。
さて、今回も引き続き、餘部橋梁物語を楽しんでいただこうと思います。

さて、昨日は以下のようなお話で終わっておりました。
ついに、総裁が駅設置の件を決断したところで終わっていましたよね。
さて、今日はどのようなお話の展開になるのでしょうか、当の本人も実はわかりません。苦笑(もう一人の人格、blackcatに聞いてみてください。)

>さて、総裁はというと、タバコに火を付けて一服、ひとつの仕事をやりとげた。
そんな雰囲気にも見えました。

知事はその様子をみながら、ホット安堵の表情を浮かべるのでした。

それから数日後。ここは兵庫県庁の知事室。
現在と違い、クーラーなどはなく、扇風機が生ぬるい風を掻き回すだけの執務室でした。

静かな執務室、知事は決裁書類に目を通しながら、案件に決裁印を押していきます。
基本的には、行政の文書は組織の長まであげるのが基本ですが、そうすると鉛筆1本買うのも知事の印が要ると言った矛盾が生じるため、基本的には文書の重要度合を甲・乙・丙に分類。

大規模予算の執行などは、甲文書として知事まで、ちょっとした連絡事項や通知文書は課長どまりの丙文書、実際に物品の購入などは取りまとめて1ヶ月に1度程度事後報告の形で、部長までの乙文書などとわけて事務の効率化を図るようにしていました。実際は、それでも担当者から始まって部長まで決裁をもらうのに早くて3日、ひどいときは1週間くらいも放置などということもあり、決して効率的な仕事をしているとは言えませんよね。

ほとんどの文書は、乙文書ということで、基本的には部長まで、実際は総務部長の決裁があって初めて公文書として世に出る流れとなっていました。

知事が目を通している文書も、5月末に起案された文書でした、ときは既に7月末2ヶ月もたった文書がやっと知事の元に上がってきたのです。

地方の仕事でこれくらい時間がかかるのだから、先日の国鉄本社の陳情も何時になることやら・・・腰を据えて待つしかないのかなと考えていたのでした。

 場所は変わって、こちらは国鉄本社の総裁室

 元々鉄道省から運輸省と国鉄に分離したわけで、鉄道省の官僚の大半は国鉄に移行したため組織上は運輸省の下に国鉄があるのですがややもすると国鉄の方が運輸省を下に見る傾向がありました。
 特に、30年代の国鉄は陸上の中・長距離輸送をほぼ独占していましたから、国鉄はもう一つの運輸省のような感覚を持っていたのも事実で、ことあるごとに運輸省と対立、もしくは独自の路線を走ることも多々ありました。
 これが、後に国鉄の赤字体質が顕著になったときに力関係が逆転する要素を生んだのですがそれは別の話。

 国鉄の組織は、運輸省から現業部門を切り離した形だったため、国鉄の施策=政府の政策を実現する手段という意識がつよくありました。
 それゆえに、無理に無理を重ねて輸送力増強に奔走しなくてはならなくなったわけです。

そんな国鉄でしたが、件の餘部橋梁の停車場を設置する件については、知事一行が帰った次の週火曜日に開かれた常務会で議題にのせられました。

老朽施設の取替えなどと併せて、餘部駅を設置する案が議題にのせられたとき、一部の常務理事から異論が唱えられました。

「総裁、山陰本線の餘部に駅を設けるという案が、今回の議題として載っていますが餘部の集落には最寄駅として鎧駅があります。本来ならばその駅を利用するのが筋であり、停車場設置基準に照らしても4~5kmの駅間が必要なのではないでしょうか。」

 「それについては、運輸関係の責任者から回答させるが、現在国鉄ではディゼルカーによる運転を導入しているではないか。」

再び先ほどの理事が質問に立ちます。

「ディゼルカーと仰いますが、この駅は客車は停車しないのですか?」

 「その点については、運輸関係の責任者から聞いてもらいたいが、恐らくそうなるであろう。」

 「補足させていただきます。」

運輸関係責任者の沢井課長が割ってはいってきました。

 「計画では、鎧駅からの駅間が2km程度であるため、機関車では加速が付かないうちに停車手配を行わねばならず不経済であること、また、キハ48000系列(後のキハ17系列)が量産体制に入っており、今後は気動車(ディゼルカー)による列車の運転も増加が見込まれるので、問題はないと考えられます。」

「わかった、概ね了解した。しかし、何故このような話がとびこんできたのですか。先週の理事会ではこのような話は微塵もなかったのに。」

少し怪訝そうに総裁の顏を伺うのですが、総裁は黙って相手の顔を見つめるだけでした。

その後も、多少の質疑はあったものの、特段問題もなく理事会は予定どおり昼までには終わったのでした。

餘部駅は、停留所(列車行き違いのための交換設備を持たず、かつ駅員の配置がない駅として設置が認められ。これからは事務レベルでの話合いとなりました。

兵庫県知事は、話がこれほどスムーズに進んでいるとは思いもしていませんでした。
しかし、「好事魔多し」と昔から言いますが、駅設置に際して思わぬ問題が出てきたのです。

この続きは、又夜もしくは明日にでもさせていただきます。Img_0461

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