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2015年3月13日 (金)

餘部橋梁物語 僕らの町に汽車がやってきた

皆様、こんばんは。
昨日は、私も妄想小説にしばらくお付き合いいただき誠にありがとうございました。
元原稿は2008年に書いたものであり、多少脚色した以外は前の記事をそのまま流用させていただきました。
Image10602
旧橋梁を渡る「特急はまかぜ」

今回も、2008年に投稿した記事ではございますが、今読んでもまぁまぁ読んでいただけるかなと思いましたので、恥ずかしげもなく公開させていただこうと思います。

本日から何回かに分けてアップさせていただきますのは、余部橋梁物語
餘部駅は、昭和34年に設置された駅ですが、駅の設置のために地元の協力も多かったと聞いています。
これはそうした話を元に、完全にblackcatが創作した・・・いな妄想したものであり。
公人である県知事等の名前以外は全て架空であることを最初のお断りしておきます。

肩のこらない妄想小説としてお読みいただければ幸いです。

余部橋梁は、明治45年に開通したものの、余部の集落の人たちにとってはあまり有りがたいものではありませんでした。

というのも、余部の集落には駅がなく、汽車に乗ろうと思えば、隣町の鎧の集落まで山道を越えていくしか方法はなかったのです。

やがて、余部橋梁を歩いて、さらにトンネルを越えて余部の集落まで行く人が出てきました。
皆さんもご存知のとおり、線路は人が歩く場所ではないのですが、やがてそれが半ば常識のようになり、多くの人は生活道路として線路を歩いてとなり町の鎧駅まで歩いて行くようになりました。

当時の写真【昭和30年代の駅が出来る前の写真を見ると、余部橋梁の線路を歩く人々の姿を見ることが出来ます。

 前置きが長くなりましたが、余部物語はそんなところから始ります。

「おっかぁ、いい知らせだ。」

太助が、帰ってくるなり大きな声で叫びます。

「どうしたんだい、大きな声で、そんなに大きな声出さなくても聞こえるよ。」

妻の、ムメが奥の台所から顔を出します。

「決まったんだよ、例の話」

「決まったって、何が決まったのさ。」

「だから、例の話だよ。」

「もったいぶらずに教えておくれよ。」

「決まったんだって、俺たちの町に駅ができるんだ。」

「え、それは良かった。本当に良かったね。」

ムメの目に涙が浮かびます。ムメの父親は、ムメが小学生の頃鎧駅に向かう途中のトンネルで列車と接触し亡くなっていたのです。

ムメの父親は、当時みながそうしていたように、鎧から汽車に乗るために歩いて、正確には鎧で降りて、ムメたちが待つ家族の元に帰ろうとして事故に巻き込まれたのでした。

地元では、以前から余部の集落に駅を作って欲しいと何度も町議会に陳情し、町議会は県に陳情、県知事は、当時の国鉄に陳情と言う形で何度も足を運ぶのですが。

駅の設置は、現在のように地元が負担するので駅を作るというものではなくて、鉄道会社が全て負担して設置することとされていました。

鉄道が陸上の独占的輸送機関であったことの裏返しともいえますが、その費用は国鉄が全額負担するわけですから駅の設置などはかなり慎重にならざるをえなかったのです。

当然、そのような事情がわかっていますから、地元の人にとって、駅ができるというのは一方ならぬ喜びだったわけです。

駅の設置は国鉄から兵庫県庁に正式に通知され、その話はすぐに余部の村長に伝えられました。
その話は、すぐに地元の話題となり、数時間後には町の殆どが知るところとなったのです。
現在のように、インターネットもテレビもない時代。

新しい情報は人によって口伝えで伝わっていくのでした。

実は、この駅を設けることを決定付けた小学生の手紙があるのですが、このお話は後ほどさせていただきたいと思います。

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