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2015年12月26日 (土)

国鉄時代の思い出、番外編 黒猫旅行記 4

当時の無料パスでは基本的にはグリーン車にも乗れたのですがたしかグリーン料金だけは別だったと思います。
私が利用した頃もまだまだグリーン料金は安くて、普通車の場合は長距離はかなりオトク感が大きく、青春18切符のなかった当時でも、大垣夜行だけはグリーンと言う人も多かったです。

実は、大垣からの夜行にはこっそりとグリーン券を買っておいたのです。
しかし、そこで猫に不幸が訪れるとは・・・まぁ、その時にお話いたしましょう、

さて、17歳の可愛い?童顔の高校生は大きな荷物を背に追いながら新快速の住人になったのでした。

今でこそ、ラッシュ時には12連も走る新快速ですが、当時は6連で、2ドアデッキ付きの車両ですから基本的にはラッシュ時には運用に入らない列車でした、昼間時に15分間隔で運転すると行っても頻繁に走りかつ、京都市の中心部に乗り入れる阪急や京阪と比べると国鉄は不利な戦いをしていたように思います。

Jnr_shin_kaisoku_at_osaka_153

画像 wikipedia

車両はくたびれた153系、すでに一部165系も運用に入っていたようですが車両番号等を控えた書類などがすべて散逸してしまって調 べることもできないのですが、印象として残っているのは薄暗く感じた車内と、急行車両の証である冷水機が設置されていることくらいでしょうか。

今の人は冷水機と言ってもピンと来ないかもしれませんが、当時は「飲料水」タンクが車内に設置してありました。ペットボトルなどが普及する前の話ですからそれなりに利用があったわけでそれなりの利用があったかと思いますが、紙コップの手で引き出す方式だったこともありいたずらも多かったし、床下に紙コップが散乱といったことも多々ありました。

ただ、当時の新快速は新大阪すらも無視するスーパースターですから、大阪駅を出ると次の停車駅は京都で新幹線顔負け、当時は特急が新大阪に停車して大阪~京都間を34分くらいで走っていたので、新快速は5分も早く走っていたわけです。

いつも、向日町あたりで追いついて並走しながら追い抜くパターンだったと思います。
当時は、特急は、本社設定のダイヤ、新快速を含めた電車は管理局設定のダイヤ、本社は29分運転に関して色々と言ってきたようですが、大阪局は最後までこの意地を通しました。

その辺は、私も郵政局(現在は近畿支社)に居たので気持ちはわかる気がします。
当時、いつも郵政局は、「西の本省」だから、自信を持てとか、本省には郵政局の職員に対して、人事権無いから少々無理を言っても大丈夫なんてね。

よく激を飛ばされたものです。

おっと、話が大きく脱線ですね。

そんなわけで、新快速に乗り込んだ黒猫は、京都を経て彦根まで進むのでした。
この続きは、また明日にでもさせていただきます。
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