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2015年12月24日 (木)

国鉄時代の思い出、番外編 黒猫旅行記 2

初めての本格的な一人旅を続ける黒猫は当時17歳、今話しているような色々な夢を描きながら旅を続けていたのですが。

ということで、お話を始めていきたいと思います。

今と異なり、日根野も東岸和田、さらに三国が丘すらも通過する快速電車は快調に飛ばし、時々脱線するのではないかと思わせるような走りを披露しながら順調に?天王寺を目指します。

当時の車内はどんな雰囲気だったのかというと、まず先頭車。
トンネル区間でもないのに、窓の遮光幕はすべて下ろされ運転席の様子は見えません。

さらに、車掌室側も遮光幕がすべて下ろされ中の様子はまったく見えません。

放送される案内も簡略なもので、駅到着直前にボソッと駅名を呼称するだけ。
そんな、あっさりとした?放送でした。

一度、こっそりと遮光幕の隙間から覗いたことがあるのですけど、漫画週刊誌を読んでいたような気がします。苦笑(もう時効でしょう。)

そんな時代が、昭和50年代の国鉄だったのです。
でも、そんな時代も含めて国鉄という時代は好きだったんですけどね。

またまた、話が脱線してしまいましたが、そんなこんなで到着した天王寺駅

1番・2番ホームは長距離専用ホームとして常に急行や特急がたむろしていたものです。
今は、朝・夕のラッシュ時以外は地平ホーム自体が閑散としてしまいましたが当時は常にどこかしこのホームに車両があり、かつ出発していったものです。

天王寺に着いた黒猫はマタタビを求めて時刻表を取り出し、何度も何度も練り直したプランに基づき、外回り電車の住人になるのでした。

当時の環状線は閉じたネットワークであり、西九条経由も京橋経由も本数はほぼ同じ、関西線直通快速が入る分だけ間引かれている程度で現在のように極端に本数が異なるということはありませんでした。

そんな黒猫は、天王寺から西九条経由の外回り電車に乗るのが好きでした。

理由は?それは、交通科学館(当時の名称、現在は交通科学博物館)の最寄り駅という理由だけでした。
今はおけいはん沿線なので、京橋経由の電車しか乗りませんけどね。

そうして乗り込んだ電車は、オレンジ色も鮮やかな103系、くたびれた旧型電車をオレンジに塗った阪和線と比べるとどれほど綺麗に見えたことか。
でも、近鉄電車と比べると激しく見劣りしたことだけはよく覚えていますね。

天王寺から普通電車で約18分で大阪に到着するのですが、当時は環状線には「今宮」駅はなく、また「今宮駅」も関西線専用の駅として地平にあったのですがこの話はまた次回にでもさせていただきます。

 大阪駅に無事たどり着いた黒猫ですが。
ここで、彼はわくわくする体験をします。

さて、この続きはまた後ほどに

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