« 国鉄時代の思い出、番外編 黒猫旅行記 7 | トップページ | 国鉄時代の思い出、番外編 黒猫旅行記 9 »

2016年1月 4日 (月)

国鉄時代の思い出、番外編 黒猫旅行記 8

みなさんこんばんは。
旅に出た黒猫を悲劇が襲います。
その悲劇とはなんだったのでしょうか?早速始めたいと思います。

豊橋からどういった経路を使ったのかあまり憶えていないのですが、東京行の大垣夜行で東京に向かったことだけははっきりと覚えています。

おそらく、豊橋で比較的遅い時間まで時間を潰したのだと思うのですが、17歳の紅顔の美少年?ですから深夜徘徊で補導されないか心配でしたよ。苦笑

ここで簡単に、大垣夜行の解説を

大垣夜行というのは通称で、普通347M・普通344Mと呼ばれる、東京~大垣間を結んだ快速列車でもっと遡れば、昭和43年の改正で廃止が決まっていた東 京発大阪行きの141レと姫路発東京行の144レの運転区間を、大垣~東京【下りは東海道支線、美濃赤坂まで運転】の客車から電車に置き換えたもので、当 時の国鉄総裁石田禮助の決断で残った列車でした。

大垣夜行は、東京に出た後に急行東海の運用に入り、再び夜行列車で大垣に帰る行路が組まれており、グリーン車を2両つないだ豪華編成でした。

初めての旅でも有り、車中泊となるため少しでも快適に眠れるであろうこと、さらに当時の普通グリーン料金は長距離になるほど大きく安くなるので思い切って東京までの切符を買ったのでした。

しかし、快適なはずのグリーン車であんなことが起きるなんて・・・とても信じられませんでした。

それはどんなことだったかって?

あのね・・・、やっぱりちょっと言えないなぁ。
また、明日にでもお話しますね。
1280pxjrcts165106
画像 Wikipedia

blogランキングに参加しています、クリックよろしくお願いいたします。 にほんブログ村 鉄道ブログ 国鉄へ
にほんブログ村

« 国鉄時代の思い出、番外編 黒猫旅行記 7 | トップページ | 国鉄時代の思い出、番外編 黒猫旅行記 9 »

鉄道」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/2086385/63308980

この記事へのトラックバック一覧です: 国鉄時代の思い出、番外編 黒猫旅行記 8:

« 国鉄時代の思い出、番外編 黒猫旅行記 7 | トップページ | 国鉄時代の思い出、番外編 黒猫旅行記 9 »

フォト
無料ブログはココログ
2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    

Facebook 国鉄があった時代