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2016年1月 1日 (金)

国鉄時代の思い出、番外編 黒猫旅行記 6

こんばんは、いつも深夜になるとこっそりやって来る猫でございます。
夜更かしすると朝起きれなくなるのでできるだけ早くと思うのですが、習慣化しており中々直せません。

どうかしばし、お付き合いくださいませ。

> こちらも、同じく113系ですが、車内の雰囲気が今まで乗ってきた快速電車と違います。
> そして、そこで黒猫はその違いに気づいたのですがその辺のお話はまた別の機会にさせていただきます。

同じ車内なのに雰囲気が違う・・・広告が、そして車内の案内が「大鉄」から「名鉄」に変わっているからなんですね。

いきなり目に入ってきたのが、「蒲郡競艇」の広告、関西ではあまり見かけない公営ギャンブルの広告が電車に・・・それだけでも違和感は十分でした。
大阪とは異なる名古屋圏の広告に違和感を感じながらも電車に乗り継ぎいよいよ名古屋鉄道管理局管内に入っていくのでした。

今もそうなのですが、個人的には米原を越えると醒ヶ井が岐阜県のように錯覚してしまいます。柏原までは滋賀県なのにね。

みなさんはそんな経験ないですか?
あと、小学校低学年の頃、米原を「こめばら」と読んでいました。苦笑

さて、米原から乗った113系は今では考えられないような長大編成で、10両以上はあったのではないかな。
現在では、4両しか走らない米原~大垣間ですが、当時はそんな編成が当たり前でした。
当然運ぶのは空気の方が多かったでしょうが。

夏の日差しはまだまだ高く、この調子だと順調に豊橋までたどり着けそうです。
大垣から乗った電車は、再び165系急行型電車でした。
当時は、名古屋圏は大阪に次ぐ都市圏でありながら貨物輸送と旅客輸送が分離されていなかったことも有り列車ダイヤも1時間に数本と言った運転の仕方でした。
現在のように頻発する快速運転などを行うようになったのは昭和59年以降でしたので、いかに国鉄時代は勝負を捨てていたのかと思わざるをえません。(^-^;

また、話が脱線してしまいましたね。

さらに、大垣からの直通列車は、途中の蒲郡までだったかもしれませんがそこで降ろされた私は先頭車を見て思わず叫んでしまいました。

164だ。

それも低窓。【鉄道に興味の無い方からすればなんのこととなりますよね。】153系改造の164-1が先頭についていたわけですから、お上りさんよろしく写真を撮影しまくるのでした。
1280px
画像 wikipedia 153系低窓車を改造したクハ164と呼ばれる車両がありました。

さて、この続きはまた明日にでも。それでは失礼します。

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