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2016年2月 1日 (月)

黒猫旅行記 北の大地 青函連絡船編 Part1

今日も少しだけお付き合いくださいね。
急行八甲田は、昔は寝台車も連結された列車でしたが、私が利用した時には14系座席車だけと言う輸送力列車になっていたのですが、それでも新幹線は盛岡までしか開通していないこともあり直通夜行列車はまだまだ人気がありましたし、飛行機の利用も増えたとはいえ夜行列車の一定の需要もあったのは事実でした。

さて、今日からは青函連絡船乗船のお話になります。
青森駅直前に回される、青函連絡船乗船名簿に記載した黒猫は、一路青森駅の長い桟橋を重いリュックと銀箱、三脚を連れ添って歩くのでした。

当時の体重は60kg程、荷物はリュックだけで30kg近くあったのでほぼ体重の半分を背中に背負っていた計算になります。
中身は何かって?
着替えとあとカメラの予備機とレンズと言った類であり、周りから見たら間違いなくドン引きしてしまいそうなスタイルであったことは断言できます。苦笑

さて、走ることもままならないのでゆっくり歩きながらですがたどり着いた青森港、八甲田は青函連絡船接続列車ではないので駅と言うか桟橋でまたされた記憶がありません、時刻表を確認すると9:50の便がありますのでおそらくそれを利用したと思います。
001

船と言えば、別れのテープとがありました、覚えている方はどれほどいるでしょうか。

船旅が危険であった頃の名残かもしれませんが、現在は、海洋汚染が問題になって出航の際にテープを渡す習慣は無くなりましたが、昔はそれが当たり前の儀式であり、幼稚園の遠足?だったかで、和歌山港【当時・現在の久保町付近】から、和歌浦近郊を一周するだけのクルーズだったと思うのですが、その時は見送りの人とテープを交わした記憶が有ります。

それも、なにゆえか夕方から夜にかけてのクルージングだったのですが・・・何しろ40年以上前の記憶なのでその辺がかなり曖昧です。

当然、青函連絡船もテープ交換は行われていたそうですが、桟橋からの転落事故がきっかけで昭和39年7月には禁止されたそうだから、私が擬似的にとはいえ、テープの交換をできたのは幸いです。

ちなみに、昭和63年の最終の頃にはテープの交換が復活したようで、最後の連絡船では盛大にテープが交換されています。

そんな訳で、私が乗船した昭和61年は、テープの交換もなく、ドラもスピーカーで流されるだけの味気ないものとなっていましたが、船体には船ごとに大きなマスコットマークが張り付けられていました。
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2年後に控えた青函トンネルが開業するとは決まっていても、まだまだ名残乗船と言った人は少なく、約100kmの航海は、連絡船というよりも気分は外洋航路。

実際に津軽海峡は、公海上を運行するわけですから、北海道にわたるのはパスポートの要らない外国に行くような感覚になったものです。

さて、昨日からの疲れが出ているはずなのに、やけに興奮して眠れないんです。
約4時間の船旅、2等船室は、いわゆるカーペットで区切られた升席

大きなリユックを一角に降ろすと、カメラバックだけを手に持って甲板に上がります。

当時の写真を見ると恥ずかしいのですが、センスの欠片も感じられないような姿で写っていました。

白いサファリジャケット【胸に彗星のテールサインのワッペン】・白いズボン、白いキャップ、レイバンのサングラス・・・無茶趣味、悪いでしょ。
001a
これじゃ女性に持てるワケないわなという典型的な鉄ヲタスタイル?でした。苦笑

そんな変なファッションですから、旅の途中声をかけてくれる優しい女性も現れず黒猫はただひたすら船の中での時間を持て余すのでした。

そう、ひたすら4時間近くの船内をうろうろとするわけでもなくただひたすら待つのでした。

でも、天気には恵まれたので太陽を燦々と浴びながら頭のてっぺんに生えた豆の木が成長して頭が痛かったことだけは覚えていますよ・・・・なんてね。

そんなわけで、一人寂しい旅だったのですが、竜飛岬を見たときは、さすがに夏ではありましたが津軽海峡冬景色のフレーズが頭に浮かびましたね。

そんなこんなで外洋航海のような船旅はあっちへコロコロ、こっちへコロコロしながら過ぎていくのでした。

また、この続きは明日の夜以降にさせていただきます。

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