« 黒猫旅行記 北の大地 青函連絡船編 Part1 | トップページ | 黒猫旅行記 北の大地 ニセコ編 »

2016年2月 2日 (火)

黒猫旅行記 北の大地 青函連絡船編 Part2

今日は青函連絡船のお話を少し離れて、青函連絡船に使われていた特殊な貨車についてお話をしてみたいと思います。

青函連絡船に載せるものは乗客以外にたくさんの貨車時には機関車も輸送されていました、一時期は、、直接に客車も輸送していたのですが、洞爺丸事故の影響で中止されてしまいました。

仮に、客車の直接輸送が続いていたら、20系客車が北海道に走っていたのでしょうね、ただし冬場はドアが開かずに困ったかもしれませんが・・・。

さて、客車に限らず多くの貨車を連絡船は受け入れていたのですが、陸路と船舶を繋ぐのは艀(はしけ)ですよね。

艀は、構造上不安定になるため、【逆に不安定にしないと波の高低に対応できなくなるため】常に揺れていますし、そこに重い機関車が行き来するのは危険が大きいですよね。

wikipediaによると

> 可動橋先端部から船体にかけて重量の重い機関車がのると、船がその分沈み込み、可動橋と船体接続部の傾斜が急激に変化して危険が生じるため

となっているように、機関車を直接船舶に届かせないために使っていたのですが、古い無がい車を改造した車両がほとんどで、妻板・側板を取り除き、手すりを付けただけの車両でこれが何両も機関車と連絡船に積込む貨車等の間につながれていました。

黒猫が、青函連絡船に乗ったときは北海道に行くことだけに頭が行っていたので、貨車の出し入れの写真などを撮影しなかったことを後悔しています。
Saroncar_naniwa_koso_takamatu
画像 Wikipedia

今回もなんともまとまりの無い話になってしまいました、さていよいよ次回は、北の大地にたどり着いた黒猫の旅の始まりです。

さて黒猫はどこに行くのでしょうか?
・・・・目指すのは、・・・・お楽しみに。

blogランキングに参加しています、クリックよろしくお願いいたします。 にほんブログ村 鉄道ブログ 国鉄へ
にほんブログ村

« 黒猫旅行記 北の大地 青函連絡船編 Part1 | トップページ | 黒猫旅行記 北の大地 ニセコ編 »

鉄道」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/2086385/63764654

この記事へのトラックバック一覧です: 黒猫旅行記 北の大地 青函連絡船編 Part2:

« 黒猫旅行記 北の大地 青函連絡船編 Part1 | トップページ | 黒猫旅行記 北の大地 ニセコ編 »

フォト
無料ブログはココログ
2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          

Facebook 国鉄があった時代