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2016年2月19日 (金)

黒猫旅行記 北の大地 稚内・宗谷岬編2

みなさまおはようございます、連日バタバタとしております、昨日はちょっとしたトラブルがあって経営者と口論に・・・。
こちらも真剣なだけに、決断できない経営者にイライラしたのかもしれませんが、反省ですね。苦笑

さて、本日も黒猫旅日記を綴っていきましょう。

さて、バスに乗ってやって来たのは「宗谷岬」
稚内駅から約50分の道のりです、途中の車窓はほとんど覚えていません・・・。
人によって思いは様々だと思いますが、やはり、日本最北端をこの目で見たいという気持ちからなんでしょうね。
ひたすら何かにとりつかれたように北へ北へと目指していました。苦笑

そんな日本最北端の、宗谷岬は、周囲に土産物屋が密集し、流氷消えて・・・で始まる、ダカーポの「宗谷岬」が流れていて最果ての地というにはあまりにも明るい。
というか、侘び寂といった風情とは大きくかけ離れたものでした。
799pxthe_monument_of_the_soya_cape_
画像 wikipedia

宗谷岬と言っても土産物店以外は特に何があるという訳でもありませんでしたが、宗谷岬の日本最北端の碑の他に「祈りの塔」と呼ばれる塔が立っていました。

これは、昭和58年に起こった大韓航空機撃墜事件で犠牲になった遺族が建立した塔で、飛行機が天を向かっているようにも見えます。

稚内市役所のホームページにはその辺りの経緯が書かれていました。
導入部分だけを抜粋させていただきますと

> 「祈りの塔」は2周忌にあたる昭和60年9月1日に、遭難者の慰霊と世界の恒久平和を願い、遺族会の資金と、稚内市をはじめとする全国からの浄財をもとに、サハリンを臨む宗谷岬の高台に建立されたものです。

https://www.city.wakkanai.hokkaido.jp/kanko/midokoro/spot/inorinoto.html

私がこの地を訪問したのは、昭和61年8月ですので前年に建立されたばかりだったということになります。
760pxtower_of_the_prayer_at_cape__2
画像 wikipededia

ですが・・・この二つの場所を見てしまえばあとは何がのこるというのが正直なところ、帰りのバスを待って再び稚内に向かったのですが帰りのバスも乗った記憶はあってもその後の稚内までの記憶は殆どと言っていい程無いんですね。

さらに、当時の時刻表を見るとバスが午前中を逃すと午後までなく多分お昼ごろまでその地に居たと思うのですが、どうして時間を過ごしたのか全く記憶にないんですね。
本当に困ったものです。

おそらく時刻表通りのバスしか運転されていなかったとしたら、帰りも昼過ぎのバスで宗谷岬を出て稚内から再び南下するのですが、その辺のお話は改めてさせていただきます。

自分が撮影した写真もあるのですが、スキャナーが故障して動かないので申し訳ありませんがしばらくは時刻表などのアップが難しいかもしれません。

新しいスキャナー導入したら多分昔のネガもスキャンできると思う・・・多分。苦笑

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