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2016年2月29日 (月)

黒猫旅行記 清流長良川の旅 第1話

当時の時刻表が実は手元にありません、処分してしまったのかもしれませんのですが、出来るだけ思い出しながら書いてみたいと思います。

そこで、昭和60年3月の時刻表を参照していますと当時の時刻が概ねわかりました。
当時は新宮夜行が走っていましたので、和歌山を4:00に乗れば大阪駅6:00の東海道線の列車に乗ることが出来ました。
001
これで行くと、米原7:58 2分連絡で8:00の普通列車に乗り継げて8:48には岐阜に到着、少なくとも今のダイヤのように大垣で20分も30分も待たないのでその分速かったかもしれません。
さて、岐阜で乗り換えて高山線に乗りますと美濃太田には9:57に到着するのです。
もしそこで、駅の手書きのポスターに目を奪われていなかったらこの列車には乗車していなかったでしょうね。
002

どんなポスターだったかは覚えていないのですが、白黒の手書きでかかれた清流ながら号のパンフレットにふらふらと誘われたということでしょうか。

党jのポスターを切り貼りしたものをアルバムに貼ってあるのですが、これによると11:06に美濃太田駅を出発、13:00過ぎに美濃白鳥に到着するダイヤで、前年に四国に登場した清流しまんと号の二番煎じのトロッコ列車として走り出したとしきりに宣伝していました。
003

しまんと号と圧倒的に違うのが、臨時列車であることが違っていました。
また、しまんと号では普通列車の最後尾に連結するスタイルでしたが、清流ながら号はれっきとした列車?としての風格?を備えており、両端に旧型客車(スハフ42?)その間に3両の無蓋車を改造したトロッコというスタイルで、トロッコ乗車区間は美濃市~美濃白鳥の間で美濃太田から美濃市まではトロッコの乗車は不可となっていました。

列車の発車までは1時間近くあったのですが、手書きのパンフレットに誘われてそのまま客車に乗り込むことにしました。

さて、乗り込むと車販も乗っていてなかなか気合が入っているなぁと思ったら、どうも雰囲気が違う。
当時は酷テル分割民営化前で国鉄職員によるアイスクリームの販売なども行われており、国鉄の制帽をかぶった駅員が不愛想な雰囲気でアイスクリームを・・・さすがに黒猫も遠慮してしまいました。苦笑

しかし、そう思う反面。
国鉄も民営化に揺れる中色々と工夫しているなぁと思わせてくれたものでした。

さて、この越美南線ですが、福井方から建設してきた越美北線とは結局つながるまでには至りませんでしたし、越美南線自体が特定地方交通線の指定を受けて「長良川鉄道」に移管されることが決定していますので、余計に記録に残しておこうと思った次第です。

余談ですが、ながら号に使われたトロッコ&客車はその後飯田線のトロッコ列車として活躍したのはご存じのとおりです。

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