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2016年2月14日 (日)

黒猫旅行記 北の大地 北上編(中湧別から名寄まで)

皆さまこんばんは、黒猫の旅行記はまだまだ続きます。
日の沈みかけた、常呂駅を18:01に出発した黒猫は、沈む夕日と競争するように走る列車は19:36中湧別駅に到着。

駅ホームでは、水銀灯に照らし出されたキハ22が停車中です。Image10102
中湧別にて

実は写真をしている方ならご存知と思うのですが、デイライトフィルム(昼光用)で水銀灯照明の写真を撮影すると色温度の関係で緑っぽい画像になってしまいます。

本来であれば、色温度補正用のフィルターを使って補正するのが正しい方法なのですが、敢えて色温度を補正せずに雰囲気を出す手法もありました。

黒猫も、そんな気の利いたフィルターなど持っているはずもなく、画面全体が緑っぽくなるのを承知で撮影したものです。

リュックから三脚を下ろし、ホームに設置します。
幸いなことに乗客も殆どおらず、撮影していたからといって他の乗降客に迷惑を掛けるわけではありませんので数カット撮影した後、名寄に向かうこととなりました。

中湧別を出発した時、時計は20:14を指していますが、この列車が名寄まで行く最終列車、これを逃がすと翌朝まで足止めを食らうことになります。
002
車窓を楽しもうにも、外はすっかり日も暮れてしまいただ漆黒の闇の中を規則正しくジョイント音だけが響くのでした。

名寄への到着は23:41、この後0:57の到着まで名寄駅の待合室で待つことになったのですが待合室には結構多くの人が待っていたように記憶しています。
001
0:30頃になると改札が始まりホームへと誘導されます。
名寄駅の改札を抜けて稚内行「急行利尻51号を」を待つことにしました。
当時の時刻表によりますと、名寄0:57到着、1:33出発と言うことで名寄駅には36分も停車していることになります。
その後、音威子府や幌延でも時間調整のための停車を繰り返しながら5:31にはわっか以内に到着したようです。

最近は夜行列車自体が少なくなり、夜間に移動するということが困難になってきましたが当時は全国に多くの旅客列車が運転されており、そういった意味では時間の有効活用が履かれたものです。

黒猫の家族は私の趣味に関してあまり理解がなくて勝手に捨てられてしまうことが多くて、以前にも写真の現像セットを(引き伸ばし機を含む)勝手に粗大ゴミとして処分されたりして大変悲しい思いをしています。

当然ここでも、乗車したのは座席車。
ただ、ひどく疲れていたのか列車に乗るまでと稚内の駅についたとき以降の記憶ははっきりしているのですが、車中の記憶は殆どありません。

多分、爆睡していたのだと思います。
うーん・・・もしかしたらカーペット車だったかもしれないですね。

でもやはり思い出せない・・・ので、この話は今日はこの辺で。

なんかまとまりなくて、ごめんなさい。

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