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2016年6月18日 (土)

とある物語。ハンプと連結手 第2話

皆さまこんにちは、ちょっと重い話題でスタートしたので中々筆が進みません。
申し訳ありません。

清の先輩は飛び乗った際に足を滑らせたことが原因でした。
実は、こうした連結手の触車事故は経験年数が長くなればなるほど減っていくのですが、経験年数の少ない若い人ほどやはり事故率が高くなっていました。
清の先輩もこれからは連結手以外の仕事に就くことになるのでしょう。

清が現場で立っていると、班長の声が聞こえます。
清、そろそろ現場に戻れよ。

それでなくとも、貨物が捌ききれないんだ。
遠くで貨物列車が到着したのか、乗務員を呼び出す汽笛が聞こえます。

また着いたのか・・・当時の貨物列車と言うのは、例えば九州方面とあれば、鹿児島も熊本も大分も長崎も一緒にして運ぶ、例えば小倉で今度は大分・宮崎方面と熊本・鹿児島・長崎・佐賀といった具合に分けるわけで、最初から綺麗に並んでいるわけではないので1両1両分解して新たに組成する作業が伴うのでした、それがハンプによる押し上げ作業でありその貨車に対してブレーキをかけていくのが連結手の役目でした。
その昔、ねじ式連結器の頃はもっと触車事故は多かったのですが、日本では大正時代に一斉に自動連結器に変更したのでそれに伴う死傷者は減ったとはいえ、相変わらずこうした作業による死傷者は後を絶たないのでした。

班長もため息交じりに清に話します。

「また、到着したなぁ。何時まで経っても終わりはしねぇや。」

タバコをふかしながら班長が呟きます。

「清、お前は試験を受けて構内掛になれよ。」
それで、いつかは助役になって俺たちを楽させてくれよ・・・」
Img112
竜華操車場での入換風景 昭和26年と書かれています。天鉄局のアルバムから

冗談とも本気ともつかないような話をしてきます。

「清、鉄道弘済会ってしっているか・・・。」

清は知りませんから素直に、「知らないと言いました。」

「駅に、売店があるだろう、あの鉄道弘済会の売店のおばちゃんは、殆ど旦那が鉄道の仕事で死んだりした未亡人が働いてるんだそうだ。」

前に、助役が言っていた。
まぁ、俺らには詳しいことは判らんけど、国鉄と言うところは一応そうしたことにも配慮しているらしい。

「おれも、事故で死んだら、おっかぁはあそこで働けるんだろうか。」

 「班長、そんな縁起でもない止めてくださいよ。」

清の言葉に、笑いながら。
「冗談だよ、でもなぁ、この仕事は気をつけないと本当に危ない。危険隣り合わせの仕事だからなぁ気が抜けねぇや。」

そう言い残すと、さっさと現場に戻っていくのでした。
あと交代まで3時間、清も気を引き締めて近づいていく貨車に飛び乗るのでした。
先ほどの事故のすぐ後ですから余計に緊張が走ります。

少し走りながら貨車の手すりを片手でつかみそのまま片足をステップに。
体制が安定したところで、今度は片足を足ブレーキにかけていき更に全体重をかけてブレーキをかけていきます。
最初は何の反応もない貨車がやがて、ギギギーと言いう金属音がすれる音を発しながら徐々に減速していきます。
ただ、ブレーキの最初に力を入れる加減でブレーキが利きすぎたりその逆だったりします。

今日は幸い順調に減速しているようです。すでに停車している貨車まで500m、今度は貨車から飛び降ります。
スピードは低下しているとはいえこれまた、飛び降りるわけで転倒したりして怪我をしないとも限りません。
清はやはり慎重にならざるを得ません。

いつものことだけど、と歩乗るのはまだしも降りるのは怖いなぁ。
実際、触車事故で亡くなる場合はその多くが飛び降りた際に転落してしまうことが原因でした。

何回も何回も同じ作業を続ける清たち。
やがて空は白みはじめ、新しい朝が来たことを伝えてくれます。
あと数時間で仕事から解放される。

そんな思いで眠い目をこすりながら清は、また別の貨車に飛び乗るのでした。

次回は、鉄道弘済会のことについてもう少し詳しくお話をしたいと思います。

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