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2016年6月 9日 (木)

とある物語。ハンプと連結手

みなさまこんばんは、今日から新しい構想でまたお話を始めたいと思います。

今回のテーマは、操車場、そこに働く18歳の清が本編の主人公となります。
じだいは昭和30年代を想定しています。

まぁ、全体のコンテを描いているわけでどんな結末になるのか・・・取りあえずはハッピーエンドになるようなお話にしたいと思いますが、相変わらず妄想の産物でございますので、記憶違い、間違いなどがあればご指摘いただけますようよろしくお願いいたします。

ピピピピー、ガチャン・・・

夜とはいえ照明に照らされたヤードでは貨車がそれこそ次から次にひっきりなしにやってくる。
時刻は午前3時、一番きつい時間帯だ。
気を抜くと、ついうとうとしてしまいます。

「ボーっとしてるんじゃないぞ」

一緒にブレーキを掛けていた半町の罵声が響きます。

 「すみません、・・・」

清は慌てて謝ります。

 「自分の命は自分で守れよ、俺の連れも何人もここで死んでるんだ・・・。」
 「死にたくなかったらな、集中しろ・・・。」

この道30年のベテラン班長が清を叱ります。
班長にしてみれば、若い清には、早く試験を受けて助役などになって欲しいと思うのでした。
そんな、班長の口癖は

 「俺は、頭が悪いからこの仕事しかできん、でもお前らは試験受けて偉くなってこんな仕事から卒業しろ」

これが班長の口癖でした。
班長の名前は、義雄、昭和5年、高等小学校卒業後、傭員として鉄道省に採用されそのまま現場一筋に歩んできたのでした。
戦時中はグラマンの機銃掃射に怯えながら、戦後は荒廃した貨車に泣かされながら黙々と与えられた仕事をしてきたのでした。
同じように入った仲間もおりましたが、あるものは兵隊に行き、そのまま帰らぬ人に、またあるものは仕事中に機関車や貨車に触れて死亡したりして櫛の歯が抜けるように、1本1本と欠けていくそんな感じで同僚は減っていきました。

当時は、地下足袋に巻脚絆、麦藁帽と言ういでたちでヘルメットもなければ安全靴もない。
今では考えられないほどの軽装です。

季節はちょうど今頃、6月になろうとしているところでした。
こんな日は一番事故が起こりやすい時期でした。

特に雨が降った場合は合羽を着ての作業なのですが、当時の合羽と言うのは厚手のゴムでできた代物で着れば蒸れる、さらに動きにくいのでした、さらに雨だと貨車のステップがこれまた濡れて滑りやすいという問題がありました。

あと30分で交代・・・そう思ったときでした。
遠くの方で叫び声がします。

「事故だ、誰か助役を呼んで来い・・・それと担架持ってこい」

叫び声が聞こえます。
一番恐れていたことが起こったようです。

被害者救助のためしばらくは貨車の入れ替えは止まります。
どうも、貨車に飛び乗る際に足を滑らせたようです。

「痛てーよ・・・・。」叫ぶ声がします。
清の同僚で、3つ上の21歳になる先輩でした。

合羽を着ていたことで、余計に動きが緩慢になったことも原因だったのかもしれません。
足元からは鮮血が・・。
思わず目をそむけたくなるような光景です。
いつ見ても、こうした事故現場は嫌なものです。

そんな思い処からこの、物語スタートさせたいと思います。
さて、このままどこに着地できるんだろう・・・自分でもまだ見つかっていません。

どうか、みなさま生暖かい目でも守ってやってくださいませ。Img030

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