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2017年1月10日 (火)

機関助士 佐倉一郎の思い出話 第9話

10日ぶりに更新させていただこうと思います、中々更新できなくて申し訳ありません。

> ちょっと辟易としていた佐倉君でしたが、最近はむしろ小倉君の方が熱心で部屋に帰っても熱心に勉強する姿を見ると、佐倉君も負けていられないと少しばかり焦るのでした。

こうした教育訓練により、機関助士としての自覚が小倉君には芽生えたのでしょう、もちろん佐倉君もその辺は同じであり、今までどちらかと言うと斜に構えていた小倉君の方が熱心なだけについぞ比較してしまう佐倉君だったのです。

ある時は、訓練で発煙筒をたく訓練がありました。
今のように防護無線と言う便利なものはなく、列車防護は機関助士の大切な仕事の一つでした。

発煙筒をもって後方並びにからの列車の進入を停止させなくてはなりません。
千ポイの乗務員などからも話は聞いていましたが、この時初めて発煙筒と信号雷管を使用したのです。

話には聞いていても実際に使うのは初めてでありちょっと緊張します。
1
まず、最初に発煙筒をもって大きく円を描きながら走ります。
列車の非常制動距離は600mが最長と定められていますので、少なくとも列車最後尾から800m以上離れたところに発煙筒並びに信号雷管をセットするのでした。
2
信号雷管は、簡単に言えば線路に置く障害物で、車輪が踏むと爆発して大きな音を出すことで、列車に警告を与えるという代物でした。

この辺の雰囲気などは、ある機関助士に出てきますので、ご覧になった方も多いかと思います。

佐倉君と小倉君は偶然にも同じ班になったので、お互いライバル意識が働いたのでしょうか、変に競争してしまって。

小倉君が、僕の方がより後方防護は確実だったというし、佐倉君も負けずと、いや僕の方が信号雷管の取り付けは早かったし確実だった・・・と主張しあって互いに譲りません。

それを聞いていた、教官も苦笑いしながら。

「おい、佐倉機関区に小倉工場、そんな小さなことで競い合ってどうするんだ。お互い日本一の機関士になるとかそんな夢持たないか。」

指導教官が笑いながらいさめます。

思わず顔を見合わせて笑う、佐倉君と小倉君

「ごめん、小倉君。」

 「こちらこそ、ごめん、佐倉君。」

最後はお互い笑いあう二人でした。
それを見ていた教官も思わず貰い笑・・・。

「そうだ、二人とも立派な機関助士だ。早く一人前の機関士になって先輩たちに続いてくれよ。」

そう言って二人の肩を叩くのでした。

それから、数週間後、佐倉君たちは学園での生活を終え所属の機関区に帰っていくのでした。

いよいよ、機関助士としての実地訓練が始まるのでした。

続く

画像は、ある機関助士からキャプチャーしました。

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