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2017年7月29日 (土)

機関助士 佐倉一郎の思い出話 一人語り 第1話

皆さまこんばんは、長らく空けてしまいました。
申し訳ありません。

蒸気機関車の話というのは、中学校の頃に読んだお話を記憶を元に書いていますのでさすがに無理があるのであと2回程度で終わりにしたいと思います。

さて、今回のお話は、釜で弁当を温めたというお話。

蒸気機関車というのは常に石炭を燃やして蒸気を作り、その蒸気を使って走らせているわけです、特にディーゼル機関などと異なり運転台のすぐ前でボイラーが燃え盛っているわけですから、運転台は非常に高温になります。
本日も、佐倉君の口から語っていただくことといたしましょう。
ただし、今回は佐倉君の一人が足りという設定になります。

みなさん、佐倉です。
皆様と直接お話するのは初めてですね。
機関車の中であれば機関士としか話をする機会もなく、機関車の乗務交代も特段仕事以外の話はしませんので、こんな風に8お話するのはどうも苦手ですね。

さて、私も半年もすると投炭の技術も向上して、比較的缶水のゲージなども見る余裕が出来たのですが、最初の頃は投炭が精一杯で蒸気圧の計器ばかり見ていて機関士に叱られたものです。
へそ溶かしたらどうするんだと・・・おっと、へその話はまたの機会にさせていただきますね。

今回は、「臍(へそ)で茶を沸かす」ということで、機関車の臍では茶は湧きませんが、機関士は弁当を良く缶の上に置いておいて温めてから食べるなんてことはしていましたよ。

当時は弁当箱と言えばアルマイトの弁当で、特に機関士もドカベン(屋外作業員さんがよく使うような大きな弁当箱味(決して差別的な用語ではないことをお断りしておきます))を缶の上に置いていましたね。
適度な温かさになるということで、私も言われましたが、当時はまだ独身だったのと、さすがに気が引けてしませんでしたが、結構温まっていたようです。
実は一度だけしたことあるんですけど、おにぎりが熱くなりすぎて・・・落っことしてしまって食べられなくなって悲しいことが有ったのでそれからは止めました。苦笑

でも、お茶は必須でしたね。
当然のことながら水分を補給しないと汗が大変なんです。
機関車には何トンも水を積んでいますが、浄化された水でもないのでさすがに飲用には向かないので・・・。
テンダの水飲んで乗務に穴をあけましたなんていうのは、へそを溶かすのと同じくらい恥ずかしいですからね。

さて、こうなってくるとなんも出てくる、臍(へそ)のことが気になりますよね。
臍を溶かすというのは蒸気機関車の安全を守る装置の一つで、未然に体気を防ぐための装置なんです。
まぁ、安全弁とは異なり最後の手段みたいなものですかね。
缶の水槽部下部に1か所だけ穴をあけておいてその栓を比較的低い温度で溶ける金属で作っておくんです。

それが先ほどの缶水のゲージの話になるわけです。
缶水のゲージが減ってきていたら給水ポンプで給水して一定のところまで入れておく、先輩機関士の話では、終戦直後などは石炭の質が悪く(産出量が減ったうえ高級炭は進駐軍専用列車に回されて泥炭などが混じったものが回ってきて石炭を焚いても焚いても蒸気が上がらず臍を溶かし方ことも有ったそうで、その時は乗務の機関士にこっぴどく殴られたと言っていました。
臍を溶かしてしまうと当然のことながら修理となるため缶は使えず、余分な経費もかかるわけで、機関士、機関助士の間では、臍を溶かすことは乗務員最大の恥辱として語り継がれてきたのです。
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私も一度だけですが、危ない時がありました。
蒸気がなかなか上がらない機関車で、一生懸命投炭していたら、浜田機関士だったのですが、佐倉、すぐ入れろ(給水せよという意味)と言うんですね。
私もそれまでもゲージ見ていたので大丈夫だと思っていたのですが。機関士の言うことですので少し不審に思いながらも給水を開始したのですが、しばらくすると今度はゲージがどんどん下がっていく給水しているのに・・・焦ったものですよ。

「浜田機関士、給水ポンプ動きません」

真顔で言ったものです。
それを見て浜田機関士が、日頃笑わないのにこの日だけは大声で笑いながら。
佐倉、今下り勾配に入ったんだ。
お前も乗務していたら知ってるだろう、ここから連続下り勾配だ機関車が今度は下向いているから水が前の方に移動しているからゲージが上がらないように見えるんだ。

そう言われてみると、少しづつゲージは上がっていきます。
再び、浜田機関士の声がします。

「もうそれ位で良いだろう、今度は弁吹かすからな。(弁、安全弁のこと、上記を過剰に作りすぎるとこれまた缶の爆発防止で弁から蒸気が吹き出すため。)
こちらも結果的には不経済運転となるので。安全弁を吹かせるのも機関士仲間では恥なことであったのですよ。
ほら蒸気機関車の上に2本真鍮で作られた小さな筒があるでしょう。
あれが安全弁なんですよ。
Img_8965
おっと、気が付けば長々とお話してしまいました。
でも、こんなお話本当に皆さん面白いですか?

あと1回お話をと言われているのですが・・・。
最後は、石炭ではなく重油で機関車を走らせたお話をさせてもらいますね。

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