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2017年9月 7日 (木)

鉄道公安官 こぼれ話

Img_8944 皆さんこんばんは、長らく開いてしまいましたが、久々に更新させていただきます。
今回は公安官の実話を参考に、自分なりにアレンジしたお話と言うことで書かせていただこうと思います。
どうかよろしくお願いいたします。

今までは物語が中心でしたが、少しだけ毛色を変えたお話を少しだけさせていただこうと思います。
皆さんにとって、鉄道公安官(正確には鉄道公安職員)というのはどんな存在かご存知でしょうか。

公安職員は、国鉄職員から選抜されたもので、身分が国鉄職員であることに変わりありません。
警察官と異なるのは、公安官はその権限が鉄道構内に限られるということであり、警察官の様にどこでも権限があるわけではありませんでした。
また、公安室長から駅長になったりするルートもあり、公安官になったから一生公安官で鉄道人生を終わるということではなかったようです。
また。階級章に代わる標章は指揮命令系統の明確化のためにありましたが、警察のような階級という位置づけではありませんでした。

さて、それではこれから始めさせていただくのですが、いつものようにある主人公に話して物語を進めたいと思います。

今回の主人公は、鉄道公安室長を最後に勇退した中里雄二さんのお父さん、史郎さんの物語です。
中里史郎さんは、大正9年(1920年)生まれ、既に他界されていますが、元々日記をつけるのが日課だったそうで、遺品を整理していたら大学ノートに公安官時代の思い出を書き綴ってあったそうです。
雄二さんの了承の元、史郎さんの日記からお話を綴らせていただこうと思います。

初めまして、今日は私の父、史郎が国鉄の公安職員だった頃のお話をさせていただこうと思います。
史郎、私の父ですが、鉄道省に入ったのは高等小学校を卒業してからすぐに採用されたそうです。
その後、召集されて軍隊に入隊、召集解除後は当時としては大きな体格を生かして、鉄道公安官上司から推薦されてそのまま退職まで鉄道公安職員として働いたそうです。

今回のお話は、史郎さんが鉄道公安官になったのは昭和23年、本当に鉄道公安官が最初に出来た頃のお話です。

公安官制度が設けられた背景には、当時の犯罪の多さがありました。
戦争で人の心も荒み、毎日の生活が精一杯の時代、置き引き、万引きは言うの及ばず、闇屋の横行など、秩序維持のために取締っても取締っても、雨後の筍の様に生えてくる犯罪者には車掌だけでは限界に達していました。
昭和22年(1947)年1月22日に試験的に東海道線・山陽線の長距離列車(東京~博多)の列車について、警察官による警乗を開始したところ犯罪抑止に大きな力を発揮したと言われていますした、しかし、運輸省(当時)にしてみれば縄張り意識もありますから、自前で警備する職員を専門的に養成しようとして生まれたのが鉄道公安職員制度であり、昭和22(1947)年4月、鉄道当局自らの治安維持担当官として設置されたました。

父、史郎はその1期生でした。

列車の中は犯罪も多く、常に目を向けていないといけない状況だったそうです。
特に夜行列車の場合は、非常に薄暗く、殆ど相手の顔も見えないほどの暗さであったため、置き引きなどにしてみれば仕事がしやすい環境だったのです。

今回のお話は夜ではなくお昼のお話だったそうで、まさか上官が‥という話だったそうです。

さて、早速お話を続けさせていただきましょう。
日記によりますと、昭和23年5月9日だと書かれています。

坂本公安官と二人で乗務したらしいのですが、デッキに枝肉(頭部,尾,四肢端などを切取り,皮や内臓を取除いたあとの肉)を無造作に竹かごに入れてあったそうで。正直あまり気持ちの良いものではない。
そこで、その持ち主を探すことになったのだが・・・。
坂本公安官と手分けして、持ち主を探すことに。
「デッキの荷物は誰のですか」

そう声をかけていくと、車両の真ん中付近で声がする。
 「へい、あっしのです。どうかしましたか・・・。」

中年の担ぎ屋風の男が返事します。

「ちょっとデッキまで来てもらえますか、」
そう言ってデッキに戻ると坂本公安官も先ほどの場所に戻っていました。
持ち主が見つかりましたよ、こちらに来るように言いましたので、そう告げる間もなく先ほどの担ぎ屋風の男がやってきました。

早速、坂本公安官が話しかけます。

「これは、あんたの持ち物ですか。」

 「へい、あっしのですが・・・」
少し怪訝そうな顔をしています。
いや、こんなものむき出しだったらいくら何でも気味悪がる人もいるだろう、新聞紙で包むなどしておかないと他の客が気持ち悪がろう・・。」

そう言われて、それもそうだと思ったのであおろう。

 「旦那、早速新聞紙で外側だけでも見えないようにしますんで・・・そう言いかけて改めて史郎さんの顔をしげしげとみたのです。

最初は、何か恨みごとの一つでもと構えて居たら、やがてニッコリと笑うと、

「あれ、中里一等兵ではないか・・・・」

そう言われて、もう一度担ぎ屋の男の顔をよく見ると・・・、自分がかつて所属していた海軍の兵曹長だったのです。

厳しかった帝国海軍の思い出がよみがえったのであろう、史郎は直立不動で、先ほどの担ぎ屋に敬礼し、
「はっ、兵曹長殿でありましたか、大変失礼いたしました、どうかお気を悪くなさらないでください。」

困ってしまったのは、先ほどの担ぎ屋の男性で

苦笑いしながら、
「俺が悪いんだから、そんな固くならないでくれよ。今日のところは許してやってくれよ、気を付けるからさ。今はこれが生業でね。」

そう言われると、史郎は再び直立不動で敬礼し、

「は、それで結構であります。次回からはよろしくお願いいたします。」

まさか、自分の警乗中の列車にかつての上官が乗っていようとは夢にも思わなかっただけにちょっとしたハプニングだったそうです。

その後、担ぎ屋の男が枝肉に新聞紙を巻いていたのかどうかは書いていませんが、その日の日記には、

若い時に経験したことは、何年たっても昔の癖が出てしまうものだ・・・。
と綴ってありました。

史郎さんの日記には、この後も様々な出来事が綴られていたのですが、それはまた次回のお話とさせていただきましょう。

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