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2019年1月21日 (月)

駅員、砂川次郎の独り言 第四話

すみません、1週間ぶりの更新です。

 

> そうして、3月1日、春の卒業式、各々が一抹の寂しさと三年間の高校生活の思いを抱きながら卒業していくのでした。

 

皆様、お久しぶりでございます、砂川次郎でございます。
いい加減に、国鉄時代の話をしませんと、投稿を中止すると言われましたので、早速始めたいと思います。【本当はそんなこと言われていないのですけれどね、無言の圧力が怖くて・・・(^_^;)

 

さて、高校生活を終え1週間ほどした頃でしょうか。
辞令が郵送され、天王寺駅での勤務が決まりました。
初めて親元を離れて暮らすことには一抹の不安もありましたが、大都市大阪に行けることの方がうれしかったのでした。
試験では、ほとんど見物できませんでしたけれど、天王寺の駅前には路面電車が走っていますし、バスも地元のくすんだ色のバスと比べますと、大阪で走るバスはあか抜けしていました。
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さて、引っ越しの荷物と言っても、布団くらいのものであり、母親は近くの布団屋さんにお願いして。私が住む寮に、送ってくれることになりました。
今のように、スマホであるとか、パソコンと言った類いもなく風呂敷包みを背負い、少し大きめの旅行かばんに生活用品を入れてしまえば終わってしまう程度の少ない荷物でした。

 

正式な勤務は4月1日からではなく、3月の20日からと言うことでしたので、卒業後はもうバタバタで、友達にも十分な挨拶もできないままに日は過ぎていくのでした。

 

3月19日、両親に見送られながら御坊臨港鉄道に乗車したのでした、その日の車掌は、私が試験を受けに行った際に乗務していた車掌でした。

 

「坊主、大きな荷物だけど就職先が決まったんか?」

 

ぶっきらぼうに質問してきます。

 

私は、

 

「はい、国鉄に就職が決まって、明日から勤務なのです」

 

といいますと、先ほどの車掌は私の顔をしげしげと見つめながら、

 

「お前、確か国鉄の試験を受けに行くと言っていました・・・」

 

と言いかけたとき、私が遮るように、

 

 「そうです、あのときの高校生です」

 

そんな会話をしていますと、気がつけば列車の発車時刻を過ぎていたのでしょう。
運転士が怒鳴ります。

 

 「いいかげんにしないか、列車発車させろ」

 

怒った口調で運転士が叫びます。

 

 「す、スマネェ」

 

そう言ってドアスイッチを操作してドアを閉めると列車はいきなりエンジン音を上げて少しずつ進み出すのでした。

 

私の母親は少し涙を浮かべながら手を振っています。
父親は、黙って立っているだけでしたが、喜んでくれているのは何となく分かりました。

 

さて、そうして私は御坊駅に降り立つと、臨港鉄道の車掌に一礼すると共に、再び国鉄の改札に向かって、切符を購入するため、窓口に向かうのでした。

 

管理局から送られてきた証明書を見せれば無賃乗車証を発行してくれる手はずになっていましたので。

 

駅員に恐る恐る出すと、出札係は面倒くさそうにしながら、天王寺までの乗車証を発行してくれました。
いよいよ明日から・・・、ああ、又約束の紙面が終わってしまいました。
本当に申し訳ありません。
次回こそ、新米駅員砂川次郎の物語に入れると思います。

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