鉄道

2017年5月14日 (日)

機関助士 佐倉一郎の思い出話 第18話

すみません、また1週間ほど開けてしまいました。
今回も少しだけお付き合いくださいませ。

> 多少慣れたとはいえ。相変わらず上下に激しく機関車は揺れています。
> 以前に客車に乗ったときはこんなに揺れなかったのになぁと・・・そう思いつつも機関車乗務のさらに学園で習ったことが改めて大事だと改めて思うのでした。

場内進行、再び浜田機関士の声が響きます。すかさず、大田機関士も信号を確認して、場内進行と叫びます。

浜田機関士はやがておもむろにブレーキ弁を回して制動操作にかかります。
しかし、ブレーキ弁を掛けているのですが機関車は一向に停止する気配はありません。ホームはもうまじかに迫っています。

本当に停止できるのでしょうか。

機関車がホームにかかるかかからないかの寸前、ギギギーと言う感じで後ろの方から引っ張られるようにブレーキが効いていきます。
機関車の速度はどんどん下がって、ホームの1/3位のところではほぼ停止するのではないかと思えるゆっくりした速度となってきました。

気の早い人はホームに飛び降りています。
時々、飛び降りたはいいがよろけてしまう人もいるのですが、誰もそれを咎めたりしません。

浜田機関士は単弁と自動弁を巧みに使いながら機関車を停止させていきます。
最後は機関車本体の単弁だけを使ってブレーキを操作し停車させていきます。

プシュー・・・、軽いショックとともに、機関車は停止位置に停車します。

駅員が駅名を独特の調子で連呼します。
〇〇、〇〇、〇〇・・・〇〇線は乗換、・・・。

浜田機関士は大田機関士に耳打ちをします。

「わかりました」

短くうなずいた大田助士は、今度は佐倉君に声を掛けます。
「投炭もそうですが、機関車の車軸を確認しましょう。」

そういうが早いか、大田助士はホームに降りて動輪の中心部を手で触っています。

大田助士が佐倉君に話しかけます。
「機関車の動輪を手で触ってみてください。」

そう言われると、見よう見まねで佐倉君も触ってみます。
手で触れないほど熱いということはありませんが、それなりに熱は持っているようです。

佐倉君も、大田助士の後ろを追いかけるようにしながら見よう見まねで動輪・先輪を確認していきます。
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ホーム側が終われば同様にして反対側もチェックしながら確認していきます。

やがて反対側も回ると、そのまま運転台に這い上がる大田助士と佐倉君でした。

浜田機関士に、
「異常ありません。」

大田助士は報告するのでした。

ホームではベルが鳴り響き列車が出発時間1分前であることを知らせています。
JRになってからはホームでベルを鳴らすことは無くなりましたが、国鉄時代は発車前にベルを鳴らすのが一般的でした。
やがてベルが鳴りやみ、駅長が信号を確認したのち出発を告げるべく手を大きく上に上げて、汽車は出発していくのです。
さて、そこで再び機関車の運転台の中に視線を移してみますと、佐倉君が大田助士の指導の元、給炭をしている最中でした。

両手でショベルを握り、体を捻りながら、前を向きます。
足踏みレバーで焚口戸を開けるのですが、熱い熱気が佐倉君を襲います。

すかさず、大田助士からも厳しい声が聞こえてきます。

「この程度でへこたれてはダメですよ。」

そう言われても、両手でもショベルで掬った石炭は半端なく重いのです。
適当にというと語弊がありますが、見よう見まねで何杯か投入したのでした。

汽車は出発時刻になり、駅長が信号を確認したのち笛を吹鳴して出発合図を送ります。
浜田機関士はチラッと圧力計を睨むと汽笛一声、ブレーキを全て緩め、レギュレーターを徐々に引き上げながら、シリンダーに蒸気を送り込んでいきます。

「シュツ・シュツ・・・」
蒸気を駅構内にまき散らしながら機関車は速度を上げていきます。
中学生でしょうか、ふざけて飛び降りてまた乗ろうとしています。

今では考えられない事ですが、昔は自動ドアなど無い時代でしたからそんなことも不可能では無かったのです。
もちろん、危険なことですから禁止されているのですけど。

さて、そんな事よりも佐倉君、本当に見よう見まねで投入したのですが、慣れないものの悲しさ、石炭は綺麗に満遍なくとはいかず、所々が山になってしまいました。

機関車も少し動き出した頃、浜田機関士が佐倉君に声を掛けます。

「どうだ、石炭を初めて投入したのは・・・。」

  「はい、緊張します。」
佐倉君は緊張しながら答えます。

「佐倉さん、これ見てください」

そう言って大田機関助士が話しかけます。
「所々、黒くなっているところが有るでしょう。あれは通風が悪くなっているんですよ。

そういうと、大田助士は、「黒くなっているところは山になっているんですよ」と言いながら少しづつ均していきます。
熱風は大田助士の顔をまともに吹き上げてきます。
横で見て居る佐倉君もいい加減熱く感じるのに、正面を向いている大田助士はもっと熱そうです。

それでも、黙々と火床の整理をするのでした。
改めて、機関助士の仕事の大変さを感じる佐倉君だったのです。

続く・・・のかよ。(^^♪

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2017年5月 3日 (水)

機関助士 佐倉一郎の思い出話 第17話

> 今度は浜田機関士の雷が飛んできます。
> 「石炭は、カマタキにしてみればとても大切なものだ慎重に扱え」
> 決して本心から怒っているわけではなく、佐倉君に早く一人前になって欲しかったのですがちょっと佐倉君には厳しく聞こえたようです。
> ちょっと、気後れしてしまった佐倉君ですがその後どうなったのでしょうか。
> その辺のお話はまた後程させていただこうと思います。

皆様今晩は、4月24日以来の投稿となります。
初めての投炭、思ったように体が動きません。
いきなり浜田機関士からは雷も・・・もっとも、浜田機関士も最初から上手くいくはずはないのは判っていますので、本心から怒っているわけではありませんでした。

大田助士も苦笑しながら、最初は上手くいきませんから大丈夫ですよ。
熱いですが、慣れるまでは少し早めに焚口を開けてそれからゆっくり投炭すればいいですよ。
と言いながら口頭でコツを伝授します。

浜田機関士が前方を注視しながら、

「大田、佐倉に次の停車駅で投炭の練習させてやれ」

  「わかりました。」

大田助士が短く返答します。
大田機関助士が再びショベルを握り、投炭を開始します。
見ていると流れるように投炭していきます。

佐倉君は、もう一度その無駄のない流れを頭に刻み込もうとしています。

それをみた大田助士が話しかけます。

「佐倉さん、頭で考えるのではなく要は慣れですよ。」
あと10分ほどで次の停車駅です、5分程度止りますのでそこで投炭お願いしますね。
今回は少なめにしておきます。

そう言って何回か投炭した後大田助士も助士席に座るのでした。
佐倉君も立っていてはよろけたりしてもいけませんので、テンダに腰を掛けます。
機関車とテンダを繋ぐ永久連結器直上なので揺れはかなり大きいです。
それでも、佐倉君にしてみれば機関車に乗っているそれだけでも感無量なものがありました。

やがて浜田機関士が大きな声で「第2閉塞進行」と叫びます。
すかさず、大田助士も信号を確認して「第2閉塞進行」と叫びます。
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佐倉君にはどの信号を見ているのかわかりません、口でもごもごと言いかけると、大田助士が
「信号を確認しないで言ってはいけませんよ。」

少しきつい調子で諭されます。大田助士は佐倉君を浜田機関士の後ろに連れて行きます。
今度は少し遠方に信号器が見えました。
場内信号器です、浜田機関士が指さしながら、
「本線場内進行」

同じように大田助士も指さして、「本線場内進行」と叫びます。
そう言うと機関車は軽く警笛を鳴らしながら駅を通過していきます。
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運転助役が見守る中機関車は全速力で通過していきます。

さて、この駅を通過して次の停留所駅(行違い設備の無い駅)を通過するといよいよ停車駅です。
列車の速度は80km/hくらいでしょうか。

多少慣れたとはいえ。相変わらず上下に激しく機関車は揺れています。
以前に客車に乗ったときはこんなに揺れなかったのになぁと・・・そう思いつつも機関車乗務のさらに学園で習ったことが改めて大事だと改めて思うのでした。

続く(すみません。あれもこれも書いてみようと思うとなかなか終われなくて・・・(^^♪)

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2017年4月24日 (月)

機関助士 佐倉一郎の思い出話 第17話

> 佐倉君いよいよ、初投炭を経験するのですがどうなるのでしょうか。
> この辺は、また次回のお話とさせていただきましょう。
みなさま、こんばんは。
またまたしばらく開けてしまいましたが、本日もしばしお付き合いくださいませ。
初めての機関車乗務、最初は機関車の振動にびっくりしてしまった佐倉君ですが、今度は慣れてきたのもあって適宜にバランスを取りながら立てるようになりました。
それを見て大田機関助士も、
「だいぶ慣れてきましたね、それじゃ実際に投炭してみますか?」
そう言って声を掛けてくれるのでした、
「最初は、私がしてみますのでよく見ておいてください。」
そう言うと、大田助士はショベルをテンダに差し入れ、石炭を抜き出すとそのまま体をひねるようにして焚口の前に運びます。
足踏み式の焚口を器用に開いて、そのまま石炭を投げ込みます。
見て居ればさほど難しいことは無いなぁと思うので、佐倉君もこの程度なら僕でもすぐに出来るさと少しだけ舐めてかかっていました。
そうして、何回か投炭作業をした大田機関士は、
「それでは、佐倉さんお願いします。」
そう言ってショベルを手渡されたのですが・・・これが意外と重い。
スコップなんて軽いと思っていたのですが、意外と重いことに改めてびっくりする佐倉君でした。
その雰囲気を察したのでしょう、
「ここに石炭が載りますからもう少し重いですよ。」
いたずらっぽい表情で大田機関助士は話します。
「そうですね、石炭の分だけ重くなりますね。」
まさか、そんなに重くないだろうと思ったの佐倉君でしたが、・・・・
大田機関助士と佐倉君選手交代です。
今度は、佐倉君が初めての投炭をするのですが・・・。
テンダから石炭を掬うためにショベルを入れるのですが、重くてなかなか引き出せません。
「石炭ってこんなに重いのか」
少し手が止まっていると、大田機関助士からの声がします。
 「意外と重いでしょ」
 「そんなにたくさん持つと重いですから少しづつ投炭してください。」
そう言われて、先ほどの半分ほどにしてみました。
これなら、何とか掬えそうです。
ショベルに石炭を載せてそのまま体をねじって投炭しようと思うのですが足が思うように動きません。
投炭口が開く前にショベルが投炭口にゴッツンコ、石炭が運転台に飛び散ります。
今度は浜田機関士の雷が飛んできます。
「石炭は、カマタキにしてみればとても大切なものだ慎重に扱え」
決して本心から怒っているわけではなく、佐倉君に早く一人前になって欲しかったのですがちょっと佐倉君には厳しく聞こえたようです。
ちょっと、気後れしてしまった佐倉君ですがその後どうなったのでしょうか。
その辺のお話はまた後程させていただこうと思います。
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2017年4月13日 (木)

機関助士 佐倉一郎の思い出話 第16話

皆さまこんばんは、また10日ほど空けてしまいました。
申し訳ございません、本日もしばしお付き合いください。

> やがて機関車は最高速度の95km/hまで上がってくるのですが、佐倉君はここで初めて機関士の運転がいかに厳しいかを思い知らされることになるのですが・・・このお話は次回させて頂くこととしましょう。

外から見ているとダイナミックな機関車ですが、実際の乗務は本当に大変だと思い知らされたのです、それは機関車の振動でした、客車に乗っていればほとんど感じない揺れですが機関車では下から突き上げるような振動が絶えず佐倉君を襲います。
立っていると思わずよろけそうになります。
そんな姿を見て浜田機関士が怒鳴ります、「そんなことで一人前のカマタキになれるか。
大田を見ろ。」

そう言われて、大田機関助士を見ると足が床と一体化したように激しい振動の中でもふらつくことなく石炭を投炭していきます。

佐倉君が乗務した機関車はC57形蒸気機関車と呼ばれる機関車で戦争を挟んで製造された機関車でその均整の取れたスタイルから貴婦人と鉄道ファンの間では呼ばれている機関車でした。
そう、JR西日本がSL山口号で使っている機関車です。
しかし、見た目のスマートさとは裏腹に良く揺れること・・・、

機関車がこんなに揺れるとは・・・そう思った佐倉君の気持ちを察したのか、大田助士が給炭の手を止めて佐倉君にの耳元で話しかけます。
「この機関車は、まだ揺れない方ですよ。」

そう言うと、テンダの石炭をすくって、釜の中に投入していきます。
大田助士が足でレバー踏むと、焚口戸が開き、熱風が容赦なく大田助士にかかります。

少し離れてみていた佐倉君は暢気に、やや、足を踏むと焚口戸が開くのだなぁと変に感心していたのですが、それがどれほど大変なことかまだ気づいていないのでした。
やがて機関車は最高速度を維持しながら、平坦な道のりですのでさほど給炭も要らないのでしょう、しばし休息ということで大田助士も機関助士席に座ります。

佐倉君も何とか機関車の振動になれてきたのか自分なりに体の重心をずらせながらバランスが取れるようになりました。
時間にして40分程度でしょうか、そろそろ次の停車駅が近づいてきたようです。
次に停車する駅はかなり大きな駅なのでたっぷり5分以上は停止しています、浜田機関士は時々時刻表と時計を睨めっこしながら時間を追っていきます。
先ほど通過した駅では定時通過しており、予定の停車駅には15秒ほど早着でした。

しばしの休息でもあります、大田機関助士が佐倉君に話しかけます。

「どうですか、機関車に乗ってみた感想は」

 「こんなに揺れるとは夢にも思いませんでした。」

苦笑しながら、大田機関助士は、「このC57形機関車はまだ揺れない方ですよ。」

佐倉君が目を丸くしていると、「C58形機関車はもっと揺れますよ、あれは85km/hまでですが、85㎞/hも出したら本当に大丈夫かなと思うくらい揺れますから・・・。」
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「時々新米の機関助士が振動で飛び出してしまうそうです・・・・。」
真顔でいう大田助士の言葉に、びっくりする佐倉君を見て、浜田機関士が笑い出します。

「佐倉、大田の冗談を真に受けてどうする。」

ふと見ると、浜田機関士が白い歯を見せて笑っていました。

浜田機関士の笑顔に、佐倉君も少しだけ気持ちが軽くなったのです。

やがて出発時間が近くなり、駅のホームではベルが鳴り響きます、
大田助士は、今一度蒸気機関車の圧力計を確認しています、蒸気の圧力は13Kg/?を示しています。

浜田機関士が、大田助士と耳打ちしているようでした。
大田助士がうなづくと、浜田機関士が佐倉君に声を掛けます。

「佐倉、構内信号機を抜けて投炭する時に、大田に教えてもらってお前が投炭してみろ」

佐倉君にしてみれば、嬉しくて仕方ありません。
「ありがとうございます。」

やがてベルが鳴りやみ、信号機は進行を示しています。
駅長が手を挙げて出発の合図です。

浜田機関士は長声汽笛一発、少しづつ動き始めます。
後方を確認する大田機関助士、佐倉君も見よう見まねで後方を確認しています。

佐倉君いよいよ、初投炭を経験するのですがどうなるのでしょうか。
この辺は、また次回のお話とさせていただきましょう。
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2017年3月11日 (土)

機関助士 佐倉一郎の思い出話 第14話

その一部始終を見ていた佐倉君は感動してしまうのですが・・・。
そこで、またまた浜田機関士のカミナリが・・・。
まぁ、その辺のお話はまた次回にいたしましょう。
申し訳ありません。1週間どころか3週間近く放置してしまいました。
お話を再開させていただこうと思います、
「佐倉、お前もカマに乗ったら同じように乗客の命預かってんだ。わかってるのか・・・・。」
怖い顔で睨みつけています。
咄嗟に、フォローするように大田助士が浜田機関士に、
「浜田さん、佐倉君は今日が初めてですし、」
そう言いかけると、その言葉を遮るように、「解っているさ、でもな、大田よ、俺たちが乗客の命を預かっているということは俺も最初に言ったよな。」
 「そうですね、生意気言ってすみませんでした。」
「ばーか、何を改まってるんだ、俺たちを信じて汽車に乗っているということを忘れるなということだ。そうだよな。大田。」
「佐倉も、そういうことだ、だから特に連結の時や、出発の時は気を付けろ」ということだ。
もちろん、ここでは乗客は誰もいませんから乗客の命がと言ってもピンとこないのですが、何でもそうですが適当にしてしまうと大きな事故になりかねません。
だからこそ、より気を付けなくてはならないのでしょう。
そういうとまっすぐ正対して信号が変わるのを待つ浜田機関士でした。
大田助士は今一度火床の様子を見てみます。
焚口戸を開けると熱風が吹き上げてきます。
ちらと、後ろから佐倉君ものぞくとオレンジの炎がゆらゆらと時々舌を出しているように見えます。
直ぐに閉じると蒸気圧を確認します。
機関士もちらっと横目で確認しています。
時計を見やります、入替信号機が定位を示しています。
機関士が時計確認すると定時、いよいよ駅に向かって機関車は動き出したのです。
客車区から駅まではさほどの距離はなく、2・3分で駅に到着。
大田助士も助士席に座っていますし、佐倉君は戸惑っていると浜田機関士が、
「佐倉、危ないから後ろに座っとけ、」
すかさず、大田助士からも
 「佐倉君、テンダに座っておいてください。」
「はい」
佐倉君、急いでテンダに座ろうとしますが振動のある機関車の中足がよろけそうになります。
「大田助士も苦笑しながら、気を付けてくださいね、危ないですよ。」
僅かな時間でしたが、早速乗務員の洗礼を受けてしまった佐倉君ですが、これからさらにあらゆることを経験していくのですが・・・今日はこの辺にしておきましょう。
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2017年2月24日 (金)

機関助士 佐倉一郎の思い出話 第13話

> 実際には、口は悪いですが、浜田機関士はそんなことは一切なくて後に最も尊敬する機関士の一人になるのですがそれはもう少し先の話になります。
> さて、いよいよ機関助士としての最初の一歩を踏み出した佐倉君、これからどんなことが待ち受けているのでしょうか。
すみません、またまた2週間ほど開けてしまいましたが宜しければお読みください。
佐倉君にしてみれば初めての機関車乗務、今までは憧れでしかなかった蒸気機関車に乗ったわけですから、もうワクワクしています。
機関車には最初に機関助士の大田さんが乗り込み、次に機関士の浜田さんが乗り込みます。
ホームはありませんから、まじかに見るとやはり大きく感じます。
「佐倉、ぼっとしてないで早く乗れ」
浜田機関士の声が上から降ってきます。
 「はい、すみませんすぐに上がります。」
慌てて駆け上がろうとする佐倉君に浜田機関士の雷が飛びます。
「馬鹿野郎、怪我したらどうするんだ、落ち着いて一歩一歩ステップ上がってこい、すぐに動かないから。」
そう言われていささか委縮してしまう佐倉君ですが、その辺はベテランの浜田機関士
「俺たちは安全第一なんだ、それに体が資本だからな、怪我したら大好きな機関車に乗れないだろうが・・・だから、十分安全には気を付けろと言ってるんだ。」
言葉は粗いとはいえ、本当に佐倉君を心配していることが言葉の端々から伝わってきます。
機関車の運転台は広いと思っていましたがさすがに3人が乗るとむしろ窮屈です。
浜田機関士が助士の大田君に話しかけます。
「大田、今日はお前がメインだけど、佐倉にも仕事覚えてもらうために途中で投炭作業交代しろ」
「それと、ショベルの使い方も教えておいてやれ」
 「はい」
大田助士が短く返事したのち、早速火床の整理を始めるのでした。
焚口を開けると熱風が容赦なくキャブに這い上がってきます。
大田助士は黙々と作業を進めていきます。
それを遠巻きに眺めるだけの佐倉君でした。
やがて構内の信号機が進行の現示を示しています。
今から客車区に客車を受け取りその後、駅で乗客を乗せるのでした。
佐倉君にしてみれば本当に本当に初めての経験です。
今まで機関区の構内だけでしか見たことが無い機関車が駅構内の信号機を越えて、客車区に向かって進んでいきます。
検修庫は機関車の運転台からは見えませんでしたが、そこでは綾瀬さん他多くの仲間が汗と油にまみれながら整備していることでしょう。
少し誇らしげな気持ちと、すまないという気持ちが交錯しながらやがて機関車は少しづつ速度を上げていきます。
機関区から客車区はすぐ隣なので機関助士も特に投炭する必要もないので助士席に座っています。
さすがに、佐倉君の席は無いのでどうしようと思っていると、大田助士が、
「テンダにでも座っていればいいですよ。」
この時初めて大田機関助士が話しかけます。
機関車は比較的ゆっくりしたスピードで客車区に到着ここで、構内係の誘導で客車を連結します。
構内でのこうした監視も機関助士の仕事、もちろん機関士も見ていますが、常時二人の目で確かめる様にしています。
浜田機関士は体を乗り出して構内係の手旗を見ています、浜田助士も反対側の運転台から顔を出して様子を窺っています。
ここで構内係は、機関車から降りてゆっくりゆっくり緑の旗を振って誘導します。
あと5m、3m」、2m・・・ガチャンという音とともに機関車が客車と連結します。
その一部始終を見ていた佐倉君は感動してしまうのですが・・・。
そこで、またまた浜田機関士のカミナリが・・・。
まぁ、その辺のお話はまた次回にいたしましょう。Dsc_0047_2

2017年2月12日 (日)

機関助士 佐倉一郎の思い出話 第12話

> みんな、綾瀬さんのことを思いながらも黙々と仕事を続けるのでした。
>
> 続く
すみません、2週間近く空けてしまいました。
中々構想がまとまらずというか、こうして書きながら思いつくままに書いていますので自分でもどこに着地するのかわからない状態です。苦笑
綾瀬さんの剣幕に押されてしまった佐倉君
事務所に戻ると、そろそろ点呼の時間です。
助役が佐倉君を呼び出します。
「佐倉さん、今日の乗務の浜田機関士と助役の大田助士です。」
佐倉君は、助役に紹介されるとぺこんと頭を下げて
「佐倉です、よろしくお願いします。」
再び、頭を下げると。
浜田機関士が話しかけます。
「佐倉君か、俺は浜田だ、よろしくな。」
ぶっきらぼうですが、昔ながらの親方と言う風情がしっくりくる感じでした。
大田機関助士は無口で何もしゃべりません。
実は、太田機関助士はどもる癖があって、ついつい無口になってしまうのでした。
再び、浜田機関士が佐倉君に話しかけます。
「佐倉君、いな、佐倉でいいよな。これからよろしくな、早く大田みたいに一人前の助士になれるように鍛えてやるからな。覚悟しとけよ。」
笑ながら、佐倉君肩をポンと叩くと。おい点呼の時間だ・・・。
いよいよ佐倉君の初乗務が始まります。
浜田機関士、大田機関助士が助役の前に並びます。
佐倉君はどこに行けばよいのかとウロウロしていると、助役が声を掛けます。
「佐倉さん、大田さんの横に並んでください。」
「はい」
慌てて小走りに走り寄り大田助士の横に並ぶ佐倉君
「それでは点呼を始めます、徐行区間等ダイヤの変更はありません。今日から佐倉機関助士が初めての乗務になりますのでよろしくお願いします。それでは乗務行路を確認します。・・・」
最後に「時計整斉 11:30」と言って浜田機関士は制服から懐中時計を取り出し、事務室内の電気時計の時刻と確認します。
最後に助役が「ご安全に」と声を掛けると、浜田機関士と、大田助士は敬礼、慌てて佐倉君も真似して敬礼するのですがどうも様になりません。
浜田機関士が茶化しながら、「佐倉。敬礼を上手にするのはまだまだ早いぞ。その前にビシビシ鍛えてやるからな。覚え悪かったら張り倒すぞ。」笑いながら冗談とも本気ともつかない言われて少し焦ってしまうのでした。
実際には、口は悪いですが、浜田機関士はそんなことは一切なくて後に最も尊敬する機関士の一人になるのですがそれはもう少し先の話になります。
さて、いよいよ機関助士としての最初の一歩を踏み出した佐倉君、これからどんなことが待ち受けているのでしょうか。Img_5297

2017年1月20日 (金)

機関助士 佐倉一郎の思い出話 第10話

みなさまこんにちは、10日近く空けてしまいましたが、しばしお付き合いくださいませ。

さて、長かったようで短かった学園生活ですが、機関助士の試験にも無事合格、修了証書をもらう手が震えます。

管理局は違えど、仲間が出来たことは佐倉君にとっても大変貴重な経験となるのでした。
最初の頃はやる気が無さそうに見えた小倉君が、途中からどんどんやる気を出してきたのにはちょっと驚くとともに、中だるみしていた自身の気持ちを奮い起こさせるのには十分でした。

最終日の終了式が終わると、それぞれ任地の機関区の戻っていきます。
佐倉君は、名残惜しそうに。

「小倉君、同じ釜の飯を食った仲だし、これからもよろしくね。」

  「ああ、佐倉君、僕も君と同室になれて本当に良かったと思っている、年賀状のやり取り位しか出来ないけれど、よろしく頼むね。」

気の置けない二人、互いに言葉には出さないものの一抹の寂しさはありました。

学園から駅までの道のり、二人で歩くのも最後だなぁと思いつつ、佐倉君は島根に帰るのでそのまま芸備線に、小倉君は広島機関区なのでそのまま区所に赴くと言っていました。

「小倉君、これからもよろしくね。」

  「佐倉君こそ、お互い一日も早く立派な機関士になろうな。」

と言ってがっちりと握手を交わす二人だったのです。

小倉君が所属していた広島機関区はかってはC59が屯していましたが、電化で追われることは判っていましたので、遠くない将来に機関助士から電気機関車助士さらには、機関士になることが予定されていました。

佐倉君の方は、まだまだ動力近代化は進んでいたとはいえ貨物列車を中心に一部混合列車に蒸気機関車が使われていました。

混合列車と言うのは、旅客列車に数両の貨車を連結した列車で、主にローカル線などで運用されていました。
貨車が機関車のすぐ後ろに付くと暖房管を通せないのでだるまストーブが用意される場合もありました。
他にも、準混合列車と呼ばれるものがあり、こちらは貨物列車のダイヤに客車を載せた場合と言う位置づけだったようですが、混合列車との差異が部内でもわかりずらかったことから。昭和30年代後半頃には準混合列車派種別自体が廃止になっています、

話が違う方向に行ってしまいましたが、そんなわけで混合列車も少なからず走っていたことから、佐倉君はC56で混合列車の助士を務めることとなったのですが、その辺のお話はまた来週以降にさせていただきます。
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2017年1月10日 (火)

機関助士 佐倉一郎の思い出話 第9話

10日ぶりに更新させていただこうと思います、中々更新できなくて申し訳ありません。

> ちょっと辟易としていた佐倉君でしたが、最近はむしろ小倉君の方が熱心で部屋に帰っても熱心に勉強する姿を見ると、佐倉君も負けていられないと少しばかり焦るのでした。

こうした教育訓練により、機関助士としての自覚が小倉君には芽生えたのでしょう、もちろん佐倉君もその辺は同じであり、今までどちらかと言うと斜に構えていた小倉君の方が熱心なだけについぞ比較してしまう佐倉君だったのです。

ある時は、訓練で発煙筒をたく訓練がありました。
今のように防護無線と言う便利なものはなく、列車防護は機関助士の大切な仕事の一つでした。

発煙筒をもって後方並びにからの列車の進入を停止させなくてはなりません。
千ポイの乗務員などからも話は聞いていましたが、この時初めて発煙筒と信号雷管を使用したのです。

話には聞いていても実際に使うのは初めてでありちょっと緊張します。
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まず、最初に発煙筒をもって大きく円を描きながら走ります。
列車の非常制動距離は600mが最長と定められていますので、少なくとも列車最後尾から800m以上離れたところに発煙筒並びに信号雷管をセットするのでした。
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信号雷管は、簡単に言えば線路に置く障害物で、車輪が踏むと爆発して大きな音を出すことで、列車に警告を与えるという代物でした。

この辺の雰囲気などは、ある機関助士に出てきますので、ご覧になった方も多いかと思います。

佐倉君と小倉君は偶然にも同じ班になったので、お互いライバル意識が働いたのでしょうか、変に競争してしまって。

小倉君が、僕の方がより後方防護は確実だったというし、佐倉君も負けずと、いや僕の方が信号雷管の取り付けは早かったし確実だった・・・と主張しあって互いに譲りません。

それを聞いていた、教官も苦笑いしながら。

「おい、佐倉機関区に小倉工場、そんな小さなことで競い合ってどうするんだ。お互い日本一の機関士になるとかそんな夢持たないか。」

指導教官が笑いながらいさめます。

思わず顔を見合わせて笑う、佐倉君と小倉君

「ごめん、小倉君。」

 「こちらこそ、ごめん、佐倉君。」

最後はお互い笑いあう二人でした。
それを見ていた教官も思わず貰い笑・・・。

「そうだ、二人とも立派な機関助士だ。早く一人前の機関士になって先輩たちに続いてくれよ。」

そう言って二人の肩を叩くのでした。

それから、数週間後、佐倉君たちは学園での生活を終え所属の機関区に帰っていくのでした。

いよいよ、機関助士としての実地訓練が始まるのでした。

続く

画像は、ある機関助士からキャプチャーしました。

2017年1月 1日 (日)

機関助士 佐倉一郎の思い出話 第8話

> 佐倉君は、綾瀬さんの姿が見えなくなるまで見送るのでした。
>
> 続く

もうしわけありません、1か月近く放置してしまいました。
さて、綾瀬さんは動態視力が弱くて機関士の道を諦めざるを得ませんでした。

幸い佐倉君ですが、機関区長から正式に鉄道学園への辞令をもらいいよいよ機関士への道を進み始めたのでした。
といっても、蒸気機関車の場合機関助士(カマ焚)からスタートです。もちろん、佐倉君も機関助士となるべく、広島の鉄道学園に入ることとなりました。
管理局ごとに学園があれば良いのですが、さすがにそれでは学園ばかり増えてしまうので、地方ごとに学園がまとめられていました。
他にも中央鉄道学園という組織があり、こちらでは大学課程の教育も行われていました。

佐倉君は、米子鉄道管理局の所属ですが、中国支社のある広島鉄道学園で学ぶことととなりました。

座学は正直眠さとの闘いでした。
中学卒業以来、机に向かって勉強するなんてことは無かったので、それでも憧れの鉄道員になっていよいよ機関助士の訓練に参加していると思うと、最初の頃は退屈で仕方がなかったのですが、だんだんと前向きに板書を写すだけでなく、教官の一言一言を聞き逃すまいとする自身がいることに気付いてびっくりしたのでした。

まさか、自分がこんなに勉強熱心だったなんて。苦笑

時々学校の宿舎に帰って一人になると思い出して苦笑するのでした。

授業は座学の他にも適性検査なども行われました、色覚検査はもちろんのこと、クレペリン検査、ツベルクリン反応、・・・。いえいえ、後のは冗談です。(^^♪

クレペリン検査・・・今でも使われているんですね。
他にも、動体視力を図るための検査でも行われたりしました。

教官からは、信号の見落とし=事故の繋がるということを何度も何度も色々な教官から聞かされます。
正直、耳にタコができるほどでした。

佐倉君が機関助士になったのはかなり後ですからATSも全国に整備されていましたが、指導教官が機関士になった頃はまだATSは整備されておらず、車内警報と呼ばれる装置が使われていました。
この車内警報装置は、信号が赤色の場合警報音を鳴らしますが、ブレーキがかかるわけではなく、時々ベルが鳴っているにも関わらず衝突なんてこともあったそうです。

ですから、教官が口を酸っぱくして信号の見落としは重大事故につながると何度も言うのでした。
それでも、昭和40年代でも信号見落としの事故は後を絶たず、ATSがあっても、ATSをわざわざ切って運転したり、ATSを確認後確認ボタンを押した後特段操作しないで追突なんてこともありました。

ATSと車内警報装置  http://blackcatk.exblog.jp/23402297/

佐倉君はもう一人広島機関区からやって来た小倉君と同室でした。
小倉君は下関の生まれだそうですが、広島機関区に親戚のおじさんがいたのでその親戚のおじさんのコネで入ったと言っていました。
どちらかというと、機関士には興味がなかったようで、いつも部屋に戻っては佐倉君に、毎日信号を確認しろ、確認しろ…ってうるさいなぁ。
そうぼやく小倉君でしたが、それでも少しづつ機関士の職責を理解してきたのか、小倉君自身の口からそうした言葉は聞かれなくなりました。

ちょっと辟易としていた佐倉君でしたが、最近はむしろ小倉君の方が熱心で部屋に帰っても熱心に勉強する姿を見ると、佐倉君も負けていられないと少しばかり焦るのでした。

さて、さて、お話はもう少し続きそうなので今日はこのくらいにさせていただきますね。
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